ロイヤルホスト

 中小企業ならではというべきか、七海ななみは急に地方に出張でばらされ、ひとり途方にくれていた。

 ないのだ。

 メシ屋が。


「皆、普段どこで食べてるの……?」


 早起きで朝食を食べそこね、高い駅弁を我慢し、地元メシに期待していたのに。

 用事を済ませ昼すぎ少し。商店街に並んでいたのはシャッターだった。

 絶望に負けじと駅沿いに歩むも店どころか民家がなく、汗が出て、空腹と眠気で倒れそうだった。

 

「もう、ダメ……私、ここで、死んじゃうんだ……!」


 人気ひとけがないのをいいことに、脳内ヒロイン劇場を垂れ流しつつ、ぐいと顔を上げるとそこに、くるくる回る橙色の看板があった。


「……ろい、ほ?」


 正しくはロイヤルホスト。ファミリーレストランだ。広い駐車場に車の影なし。回る看板は久しぶりだが、田舎ならではだろうか。


「いっか。ロイホで」 


 地元メシへの興味が底を打ち、七海を店へと誘う。学生のころ以来だな、と自動ドアをくぐり、


「な、に……!?」

 

 我が目を疑う。

 店員、だろうか。

 金髪で碧眼、日本人とは一線を画す等身、足の長さ。何よりも、気品ある小顔と佇まいは何だ。同じ人か?

 七海が喉を鳴らすと、男が振り向き、


「いらっしゃいませ」


 と、流暢な日本語で言った。だが七海が驚いたのはそこではない。

 え? え? え!?


「ち、近っ!?」

 

 男は、七海にハグをした。


「いらっしゃいませー」


 何のサービスだ。指名料とか取るんか。困惑する七海に男は言う。


「一人?」

 

 綺麗な爪。頷くしかない。


「こちらどうぞー」


 男に手を引かれ、七海はふらふら席につく。店内はどう見てもロイホ――だが。

 見える限りの全店員が、異様に洗練されていた。


「あ、あの、ここ、は」

「ロイヤルホストです」


 言いつつ、男は自然な動きで七海の横に腰掛けた。鼻腔を抜ける香水の匂いに、いい意味で目眩をおぼえた。


「僕の国では、王室の人間ロイヤル・ファミリーも一度は街で働く義務があって」


 七海は近すぎる距離にやられながらも言葉を反芻、目を見開いた。


「王室!?」

「そう。前から日本の――ファミリーレストランに興味があって」

「に、日本語お上手ですね」

「ありがとう。嬉しいよ。君のおかげで明日から八ヶ国語を喋れるって自慢できる」


 七海は気づいた。左肩に、手が乗ってる。失神しそう。

 王子がメニューを開いて下さった。


「さあ、お嬢さん。ご注文を」

「お、嬢さん……」


 本当に言うんだ、と七海は頬が熱くなるのを感じながらメニューを見やり、


「これ、ガストだ……」


 王子に眉を歪めさせた。

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