人を食った話

 いや、お待たせしました。待ってないなんて、そんな。お気遣いなさらず。お手元のカップは一つでも、テーブルにある水の輪を見ればわかります。寒くなりましたからね、どうしても……と、失礼。早速、本題に入りましょうか。

 いや、困りましたよ。

 人を食った話。

 いつもの面白い話なら、まあ、ちょこちょこ考えればできますが、人を食った話となると、なかなか。

 用意はできておりますよ。

 私のような下らない人間の、興味を持つ人も少なかろう話に、食事を提供して頂けるのですから。一生懸命、考えました。

 ただねえ。

 人を食った話と指定されますと、途端にこう、難しい。

 なぜって。

 オチを先に言うようなものですよ。難しいに決まってます。

 おっと。

 それはサンドイッチですか。生ハムの。美味しそうですね。ああ。ご自分用の。私のではなく。話が先と。

 当然ですね。

 そういうお約束ですから。

 ではまあ、聞いてください。

 人を食った話。

 まず、刺し身は合いません。皮がゴムみたいですから。毛も困りものですよ。剃っても毛根が残りますし、抜くのも面倒で。

 ですから、まず皮は捨てちゃいます。

 で、肉ですよ。

 生がダメなら焼いてやろうと、ステーキにするでしょう。固くて歯がたたないんですね。知らない人は脂肪の多い尻やら頬ならと言うんですが、これ臭いが酷い。雑食性の動物はどれもそうです。食べ物を限定すれば臭いを変えられますが、簡単じゃありません。

 では、どうするか。

 時間をかけて煮てみたんです。臭み消しもたっぷり使って。でも……何ていうんですかね。水を吸うっていうか、ぶよぶよして、とっても気持ちが悪いんです。白くなったりしちゃって。

 なので、煮込んだのを取り出して、ソースと絡めて干しました。

 これが大当たり。

 そう。そこの生ハムみたいに。

 ハムって太もものことらしいじゃないですか。なるほどなあって思いました。繊維がほぐれて、美味しく頂けましたよ。

 どうでした。

 人を食った話。

 おや、食欲が……では……ああ、助かります。頂いちゃいますね。

 さっきの話ですか。

 何を言ってるんです。

 ちゃんと最初に、考えてきた、って言ったでしょう。

 そうですとも。

 あ、それはそれとして相談が。

 いえ、大したことではないんです。ただ、ちょっと、泊めて頂けないかと。

 いやあ、ちょっと引っ越さなくちゃいけなくなりまして。

 ええ。

 うっかり先に引き払っちゃったんです。

 ですから、今晩だけでも。

 どうか、よろしくお願い、いたします。

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