我が家がアイドル
週末。せっかく両親が「夜は家を空ける」と言うのだからと、
甘ったるさと、オレンジの皮っぽい苦味と、仄かな高揚。アルコールのせいか、バレたら怒られそうだからか、気分がアガる理由は分からない。
「ふふふ、これで私も大人だな」
などと、子ども丸出しの呟き。
階段を駆けてくる足音があった。弟だ。早々に引っ込んだはずの。見られたら何か言われそう。密告したらシメると決めて待ち受ける。
弟は慌てた様子で秋穂の隣に座り、テレビをつけた。父が野球を見るか、母が映画を見るか、弟がゲームをするか、地上波を見るためにはまず使われない電子機器が、久方ぶりに仕事を始めた。
「……アイドルオーディション? お前、こんなん見るために下りてきたん?」
秋穂が問うと、弟は一瞬、眉をしかめて言った。
「いいじゃん、別に。てかその缶、飲んだらちゃんと隠しときなよ? 怒られるよ」
「言われんでも」
へっ、と鼻を鳴らし、秋穂はソファーに背中を預けた。画面の向こうではエントリーナンバー五番が自己紹介していた。
『友達が応募しちゃってー』
「んなわけあるかい」
グビリ、と喉を鳴らし大人気分。いや、これだとパパと同じか? だったらヤバい。
弟が振り向き意外そうに言った。
「え? 俺、勝手に応募しちゃったけど」
「――ブッ!?」
秋穂は吹いた。たった三パーセントのアルコールが喉を焼いた。むせ、咳込み、めに涙をにじませて躰を起こす。応募した? 勝手に? 私を?
――おいおいおいおい何だよ弟。お前にそんな善性が残ってたんかよ。姉ちゃん、ちょっとお前のことが可愛く――いや、待て。
「何の書類ももらってないけど?」
「だから?」
わけわからん、と首を傾げる弟。
秋穂は缶を握りつぶさんばかりに力を込めた。
「私、書類で落ちたってことじゃん!」
笑えない。出て落ちたのならまだしも書類で落ちたは笑えない。
弟は、呆れたように肩を落とした。
「いや、姉ちゃんじゃねえし」
「はぁ? じゃあ――」
「あ、次だよ!」
「次?」
画面を見ると、パッと映像が切り替わり、どこか見慣れた家が映った。
『エントリーナンバー八番! 築十五年、
リポーターが、我が家を手のひらで示して言った。
『なんでも弟さんが勝手に応募しちゃったとかでー……』
我が家は、視聴者投票でアイドルになった。
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