エロオーク族

 フォルツ共和国の最西端――隣国との境界が曖昧になり、法が力を失い始める領域で、幾筋もの黒煙が立った。風にのって街へ届けられた醜悪な臭いが人々を恐怖させ、訴えを聞いた自警団は速やかにと解して首都へ応援を要請した。

 そして。


「自力解決せよ、か」


 匙を投げられるとは。『種族間紛争を専門とする民間の調整官を派遣する』という一文が、肥溜めに咲く花のようだ。

 現場の領域に近づけば近づくほど馬車馬が歩を緩め、御者が鞭を振った。


「嫌な臭いがしてきましたね……」


 新米が青い顔をしていた。ゴルズは鼻で息をつく。


「焼けたエルフの臭いだ」


 ぐぐり、と新米の喉が鳴った。

 馬車が止まるまで、彼は喋らなくなった。

 酷い有様だった――いや、酷いの一言で済まされない。

 エルフたちの四肢はバラバラ、食われたらしき亡骸もある。力任せに首を引っこ抜き、並べた杭に突き立てて、松明よろしく火を放った。焼き切れた髪の毛が家屋に移り黒煙を――。


「ざまあみろ。無許可で集落つくるからだ。人はエルフの下僕とかホザくから――」

「政治家に転職か?」

 

 ゴルズが冷えた声で問うと、新米はギクリと背を丸めた。

 馬の足音があった。男と、フードを目深にかぶった女の、二人組だ。


「おたくらが専門家?」

「そう、専門家」

 

 男は惨状を一瞥して言った。


「近くにオークの集落は?」

「ある――が」


 ゴルズより早く、新米が続けた。


「何でもかんでもオークのせいか? 保護区の連中は大人しくて――」


 非難するような口調だった。

 女がフードを下ろした。ピン、と兎の耳が立ち上がった。半獣人だ。


「なら最悪。エロオークがいる」


 ゴルズと新米は眉を歪めた。


「なんだ、その……エロオークってのは」

「ヤバい奴さ」


 男が冗談めかして言った。


「大人しいのはエロオークモドキ。性欲旺盛だが殺しはしない」

「……モドキが?」

「昔はエルフを襲うのがオークだと思われてて、嫌味な学者がエロオークと分類したんだ。けど、調べたら違った。過剰な暴力性をもつオークの方が希少でね。大半のオークをエロオークモドキと呼ぶしかなくなったってわけよ」


 ゴルズは笑えない。嫌な想像が成り立つ。


「オークが集落を襲うのは、その一匹のせい?」

「勘がいいな。エロオークが扇動してモドキの価値観を歪めちまうんだ」


 コッ、と男が楽しげに舌を打った。


「言うなれば、」


 女が、新米を見やって言った。


「あんたみたいな奴さ」


 女には、さっきの会話も聞こえていたらしい。

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