デヴィットかよ

 浩一こういちは今日も新作小説のプロットに悩んでいた。プロットとは、小説の設計図だ。あらすじと盛り上げどころ、必要な設定などを書き出す作業である。

 ――もちろん、分かっている。

 エンターテインメント小説を書くのに複雑なプロットはいらない。戦い、恋愛、大団円。それでいい。

 創作経験がない人に話すと驚かれるが、事実だ。

 戦い、恋愛、大団円。

 問題提起、解決プロセス、解決。

 主要登場人物を三人くらい用意して、主人公とヒロインと敵とでもすればいい。あとは設定を乗せるだけ。

 たとえば、ラブコメディ。

 主人公はヒロインが好き、ヒロインは敵が好き(だから主人公の敵だ)、敵は主人公の邪魔をしたい。三角関係の完成だ。邪魔な理由は主人公が好きだから。

 主人公が敵を倒しヒロインとくっつく。王道だ。

 けれど。


「飽きるんだよなぁ……」


 何本も書いていると、ハッピーエンドに飽きてくる。

 ちょっと外して、主人公と敵がくっつき、ヒロインが敵になってエンドとか。次回に続くタイプ。連続ラブコメの王道でもある。

 変わった展開にしたいなら、主人公が負けてヒロインと敵がくっつくのもいい。世界が終わるからとか、理由はなんでもいい。


「ちょっと弱いか?」


 呟き、浩一はコーヒーを啜る。苦い。ブラックコーヒーなんてものは日本人しか飲まないという。本当かどうかは知らない。苦いからビター。さっきのはビターエンドだ。なら、眠気覚ましのエスプレッソは?


「主人公は敵を倒し、ヒロインとくっつく……」


 ヒロインとの幸せな日々が始まる、そのとき、事故が起きる。続く面会拒否。倒した敵も協力してくれ、面会が叶う。ヒロインは重大な後遺症を抱えており、主人公は思わず動揺してしまう。だが、敵は無事で良かったという。

 その一瞬の判断の遅れが主人公とヒロインを引き裂く。

 逆に、敵とヒロインが距離を縮める。

 あるとき、敵が言う。


「こうなると思った」


 浩一は虚空に呟く。


「『何?』『だって、君は彼女の外見しか愛していなかったから』」


 事故を起こしたのは敵だったのだ。主人公はヒロインに真実を伝える。しかし、すでに心は離れている。主人公は敵を恨むが、


「やめて! とヒロインが――」


 浩一はコーヒーを啜った。


「デヴィット・フィンチャーかよ」

 

 後味悪いのはウケないって。


「……じゃあ回想とか妄想まぜて時系列ずらしのハッピーに……」


 浩一はため息をついた。


「デヴィット・リンチかよ」

 

 たまにどっちがどっちか分かんなくなんだよ。

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