競泳用サイハイソックス

 金曜。吉木よしきはホリデーキャッチボーラーとなるべく『桜葉さくらばアグレッシブスポーツ』で店員と練習していた。

 スパン! とキャッチボール専用グラブ『キャッチボーラーAMAあま』が鳴り、新軟式J号球を包み込む。吉木は受けた勢いを利用しボールを持ち替え、体重を右足に乗せつつ縫い目に指を。円を描くように右肘を上げ、


「よっ」


 グラブを照準にして投げた。白球は弧を描き、短髪メガネの店員の、豊かな胸元へと飛翔、パスン、と右のグラブに収まった。


「おっけーぃ」


 気のない声で言い、店員が右膝を上げた。一本の   じくが見える投球姿勢。突っ込んでくる腰。捻り。開かない右肩――ヤバイ、と思ったときには遅かった。急に出てきた左手は、すでに加速を終えている。


「ヒィッ!?」


 ビビった吉木はグラブで顔を隠した。

 ズバン! と球威に押されたグラブが彼の横っ面を殴った。転けた。店員が息をついた。


「軟式だし百二十ないっすよ」

 

 店員の呆れ顔に、吉木は苦笑で応じる。


「……すごいね」


 傾斜マウンドないし、左だし、女子だし。尻と太ももがデカいのか? と吉木は密かに店員の下腿を眺める。パツパツの黒ズボン。靴はゴムスパイク。なぜ球筋が伸びる。


「体幹っすね」


 店員が見透かすように言った。外観からは存在を予期できない練習場から店内に戻ると、


「水泳とかいいっすよ」

「この近くプールない……よね?」


 まさか店に? ないと言い切れないのが、この商店街だ。

 店員は吉木の手を取り長大な棚の間を歩き出す。


「水着?」


 吉木は棚を流し見、『それ』に気づいて足を止めた。躰が傾いだ。吉木の。体幹負けだ。


「何すか?」

 

 苛立たしげに眉を寄せる店員。


「これ何」


 棚に、昆布みたいなものが下がっていた。


「競泳用靴下ソックスって」

「あぁ。ボディスーツタイプの水着ってダサいんで」

「ダサい」

「お洒落しようと」

「お洒落」

「ハイレグタイプに鮫肌サイハイソックスとか」

 

 伸ばされてみれば緑と黒の横縞。


「このへんの」

 

 店員は腰に手を置き、太ももへと撫で下げる。


「みちっとした肉と産毛が」

「肉と、産毛」

 

 吉木は喉鳴りをこらえた。


「水着と靴下とで、デルタゾーンって浮力帯を作るっす」

「デルタ」


 復唱しつつ、吉木は、


「吉木さん」

 

 へっ、と店員が鼻を鳴らした。

 吉木は顔を背けた。


「男性用もありぁすけど」

「……男性用!?」


 驚き振り向くと、店員が見下すような目で言った。


「見てみぁすか?」

「……泳ぎ方は……」

「必要なら」

「……み、見るだけ」


 多分、買わされるのだけど。

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