お、可愛い

 真っ昼間に呼び出され、友人の和樹かずきと『ネギ塩タンカルビの店・ホルモン亭』で焼き肉の残り香を服につけたあとだった。せっかくだし映画でも見ていこうと言われ、腹ごなしには長すぎる距離を歩きシネコン前まで行って、目当ての映画がなかったのか、


「帰んべ」


 と、和樹が言った。ダルかった。

 しかし、吉木よしきは慣れっこだった。和樹は昔からそうだ。近所の公園で釣りをしようと誘っておいて「この道はどこまで続くんだろう」と言いだし十五キロも歩いたり、「タコパしよう」の一言が午前二時のタコ釣りから始まったり、子供の頃からそうだった。


「……なんかどっか寄ってくとかねえんかい」


 吉木はつい口に出していた。別に用はない。折角の休みに外に連れ出されて昼から焼き肉で終わるのが気に入らない。もう一個くらいイベントがほしかっただけだ。

 和樹は上りエスカレータの青いゴムベルトに手をかけ首だけを振り向いた。


「どっか寄りたいトコあんの?」

「――ねえけど」


 実際ない。吉木はデッキに足を乗せ、背中を手すりに預けた。陸の孤島にいつごろからか出現したラスヴェガスもどきのモドキ。映画みて、メシ食って、服をみて、本屋に寄って、締めはスーパーで帰途につく。そんな場所だ。外で焼肉食って冷やかして帰るのはもったいない気がする。それだけだった。

 エスカレータを下りて、二人並んでトボトボ歩いて、正面からくる女二人をやりすごした、そのときだ。

 間際に二人組に睨まれた。ジロリと。邪魔くせえな、か。何だよこいつら、か。どこを見てんだよ、かもしれない。

 自慢じゃないが、吉木は人相の悪さに定評があった。ジジババの後ろを歩けば数回の振り向きから逃げ出され、女は半歩半の間合いを取った。子供だけはなぜかまとわりついたが、それはいま関係ない。


「お、可愛い」


 和樹が言った。横をすり抜ける間際だった。

 吉木は思わず二人組と和樹を見比べる。


「何? 知り合い?」

「んなわけねー」

「いやだって」

「いやムカつくじゃん」

「何が?」


 和樹がため息をついた。


「ジロっとした目で見られるの」

「……ムカつくのはムカつくけど、可愛いって何だよ。言われたらキモくねえ?」

「や。意外と後で笑うよ」


 お前は顔がいいからそうだろうけど、と吉木は苦笑する。


「自意識過剰なんだよ。こっちがどう思ってるか、分からせてやるんだよ」

「お前さ」


 吉木は頭を掻きつつ言った。


「いい加減、男つくれば?」

「いらねー」


 彼女は言った。

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