生姜鹿無勝丹社2

 神社の応援エールで神社エール。くだらない駄洒落だじゃれではあるが、こんなド田舎では台所事情も苦しいのだろう。


 応援ってのはこっちじゃなくて、神社のなんだろうな。 


 などと思いつつ、さとるは瓶を手にとった。よく冷えている。喉も十分乾いている。さぞや美味いに違いない――が。


「……あのこれ、栓抜きとかあります?」


 神社応援は王冠タイプの小瓶だった。

 赤っぱつにピアスの巫女は面倒そうに片肘をつき、御守などが並ぶ台を指差した。見れば、半円状の切れ込みが入った金具が取り付けられていた。引っ掛けてはずせということだろう。

 悟は金具に王冠をあてがい、栓を開け、すぐに口に運んで、


「――あっま!?」

 

 脳髄に楔を打ち込もうかという甘味に瓶を突き出した。どこに委託したのか。メーカーは。ラベルは。


『鹿無勝丹 乾燥』


「しか、なかつ……」


 悟は顔を歪めてピアス巫女に尋ねた。 

 

「これ、なんて読むの?」


 敬語は甘味に叩き壊されていた。


「しかなかったんドライ」

「しかなかったん……ドライ……」


 脳裏を過るメイプルリーフ。


「カナダドライじゃねえか!」


 思わず声を荒らげていた。ピアス巫女はそうくるだろうと予測していたかのように新しい瓶を出していた。


「辛口もありぁすよ」

「……辛口ぃ?」


 半信半疑で受け取った瓶のラベルは、


『意志錦遜』


「いし……にしき――」

「ウィルキンソン」


 悟は天を仰いだ。彼が行き倒れる瞬間を狙っていたであろうとびはいつの間にか姿を消していた。薄情な奴だ。


「ここ、なんなん?」

「それより、代金」


 ピアス巫女は平然と手を出していた。


「……ああ、はい……いくら?」

「二本で五百八十円」

「――高っ!? え!? 高っ!? 富士山より高くない!?」

「神サンの下しものを頂いといて高ぇはないでしょ」

「は!? いやでも――」


 悟は思わず口走る。


「これじゃWill(Be)金損きんそんじゃねえか!」

 

 乾燥した風が吹いた。悟はピアス巫女を見つめた。巫女は瞳を一切、揺らすことなく、静かに、穏やかに、ゆっくりと、首を小さく左右に振った。


「――クソァッ!」


 悟は鹿無勝丹乾燥を一気飲みし、意志錦遜の王冠も開け、財布から駅でも使える電子マネーのカードを出して、


「ウチ現金オンリーなんで」

「うぉぉぉぉぉ!!」


 千円札を叩きつけた。


「ここはいったいなんなんだよ!」

「生姜鹿無勝丹社」

「あ!?」

「だから、しょうがしかなかったんじゃ、だっつの」


 うるせーとばかりに耳をほじりつつ巫女は千円札をつまみ、そのまま懐に収めた。

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