生姜鹿無勝丹社

 陸の孤島と呼ばれる土地がある。

 建物ひとつない平坦な土地を一本の道が貫いている。誰も通らないから荒れ放題――かと思いきや、使用頻度が少ないので意外と歩きやすかったりする。

 右を見ても、左を見ても、山の角度が気持ち変わっただとか、田んぼの案山子だとか、頭上でトンビが旋回を始めただとか、それくらいの変化しかない。

 たとえるなら、ラスベガス。

 モハビ砂漠の国道を走っていると、地平線の先に突如として棒が生え、大きく高く伸び上がり、やがてそれが高層ホテルの天辺だと気づく。賑やかな都市の外は、死と絶望が渦巻く大砂海。

 都会に生まれ育ち、出たことがなければ、想像できないかもしれない。

 いや、できない。

 現にさとるは、まったく想像できていなかった。


「……死ぬだろ。これ」


 気まぐれで降りたド田舎の駅。電車で地図を見、散歩がてら駅前の道を進めば別の路線の駅につく――はずが。

 見渡す限り田畑。街はない。油断大敵スマホの電池。

 自販機はどこにでもあるという都市の幻想に、大自然が物申す。

 

 海に自販機があるとでも?


「陸の、孤島……!」


 進むか、引き返すか――逡巡しながら歩いていると、小山が見えた。オアシスに思えた。いや孤島か。

 悟は駆けたくなるのをこらえ、着実に足を進めた。

 小山には、道路に面し、長い石階段があった。傍らに立つ石柱の看板に、


『生姜鹿無勝丹社』


 とあった。


「……どう読むんだ、これ」


 孤独感から口に出し、辟易としながら階段を昇る。神社なら手水ちょうずがあるはず。もし人がいたら充電できるかも。

 そう思いながら、石段を登り切ると、


「……望み薄、か?」


 色褪せた鳥居の奥にボロい本殿。脇に社務所らしきボロ。

 悟は作法に則り中央をさけて鳥居をくぐり、建物に近づいた。


「――らっしゃーせー」


 赤っ髪にピアスの巫女がいた。いらっしゃいませ、だろうか。

 悟は、ずらと並ぶ御守おまもりや御朱印帳を一瞥し、聞いた。


「あの、何か飲み物もらえます?」

「いくつ?」

「え?」

 

 ピアス巫女が舌打ちした。


「だから、飲みモン、何本いりますかって」


 語調は剣山けんざん


「い、一本で」

「あい」


 巫女は気怠げに横を向き、生姜鹿無勝丹社と書かれた小型の冷蔵庫を開くと、瓶を一本、抜き出した。

 薄っすら汗をかく小瓶は、黄金色の液体で満たされていた。


「……何ですか?」

「ジンジャエール」

「え?」


 ピアス巫女の指差す先に、蕎麦屋の品書きじみた木札があった。


「神社……応援おうえん……?」

「だぁら、神社応援エールだっつの」


 知らねえよ。

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