闇落ち

「ハァ~、踊りお~どるぅなぁら~、ちょいと東京お~ん~どぉ~」


 クルクル回るミニ傘。クルクル回る少女の姿。

 わたるはテレビの向こうで胴上げされる監督と交互に見つつ顎をあげた。見慣れた我が家の天井と、初めて見る妹の歓喜の舞。実に可愛らしい。

 だが。

 渉の瞼の裏、網膜の奥、脳裏より深いところで、

 

 やってやったぞコンチクショウ。

 

 と、今は天上におわす国鉄時代からの応援団長、判官贔屓はんがんびいき岡田おかだ団長がまなじりに光るものを溜めていた。

 面識はない。

 あるはずない。

 しかし、ロッテファンの母の胎内で燕を選んだ渉の魂に刻まれている。

 

「やったね! お兄ちゃん!」


 ボスン、と紗季が胸に飛び込んだ。心地よい衝撃に、渉は眼下にある髪を撫でつつ口角を吊る。

 魂が、理性のたがをはち切らんとしていた。


紗季さき……俺は、おかしくなろうとしている」

「……お兄ちゃん?」


 小首を傾げる紗季に、渉は目を血走らせて言った。


「二〇一五年。俺たちは鷹に食われた」


 ブルッ、とスマートフォンが震えた。見れば、オリックスがサヨナラで日本シリーズ進出を決めたと出ていた。

 

 ――やはり。


 渉は牙を剥いた。直観していた。一、二戦とも結果が似通っているのを見たときから、そうと肌で理解していた。

 喉を枯らし、血反吐を散らし、脹脛ふくらはぎの筋肉を痙攣させながら飛び跳ね、警備員に退出を命じられたであろう母に悪いが。


「オリックスと東京ヤクルトスワローズは、こうなる運命だったんだ」


 渉は狂の滲む笑みを浮かべた。


「……一九七八年、スワローズ初のリーグ優勝、日本一」


 見たことなんて有るわけない。知ってるなんて言えるわけがない。

 しかし。

 っている。


「オリックスバファローズ前身、阪急ブレーブスとの日本シリーズ……!」


 四勝三敗でスワローズ。当時は神宮を使えず後楽園を借りたという。

 

「お、お兄ちゃん?」


 そっと躰を離す紗季。

 渉は気付きもせずに続ける。


「九五年。レジェンド、イチロー擁するオリックスとの決戦……!」


 阪神大震災、頑張ろう神戸を合言葉に勝ち上がってきたブルーウェーブ。今の両チーム監督は、当時の監督の教え子だ。


「そして、〇一年、近鉄……!」


 渉は高らかに笑った。


「スワローズの日本一は約束されているんだ!」

「え?」

「現役最後の近鉄戦士、坂口智隆さかぐちともたかは、今、燕戦士なんだ!」


 だから勝っても負けてもスワローズが日本一なんだよ!

 渉は、無意識に置きにいっていた。

 

 両チームとも、前年最下位からの優勝であった。

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