アマモデル

 おれは五年ぶりにスポーツ用品店に入った。

 昨日、甥っ子の蹴斗しゅうとくんがキャッチボールを所望し、応じた兄の肩が初球で爆発したのだ。


「シュートから入ったのが不味かった。蹴斗だけに」


 迷信ならシュートは肘だろバカが。

 言いはしなかった。

 ただ齢八歳で親の期待に逆らった蹴斗は、バカ兄の貧弱ショルダーに落ち込んでしまったという。可哀想だ。修斗や秀人にしてもらえなかったのも含め。

 バカ兄も休日が緊急搬送体験になったのは気にしたようで。

 

「頼むよ。来週」


 しかし、渡されたグローブは石みたいにガチガチで、カビが生えていた。死ねと思った。

 別に通販でも良かったのだが、せっかくなら大人パワーを発揮しようと、近所の商店街で見かけた『桜葉さくらばアグレッシブスポーツ』。ダメならちゃんとしたトコ行こうくらいの感覚――だったが。


「……」


 あるには、あった。

 店の、近隣の小中学校に下ろす運動靴でも売っていそうな外見と釣り合わない、野球用品と題された長大な棚が。この商店街ではよくある。

 軟式、硬式、どれもが誰々モデルで、平均価格は三万円弱。高いと五万。また投手用やら内野手用やら訳がわからない。


「グラブっすかー?」

 

 スコン、と脳に達する声に振り向くと、メガネで短髪、胸の豊かな店員がダルそうにしていた。


「……はい。甥っ子のキャッチ――」

「ならこっちっすねー」


 言い切るより早く、店員は俺の手を取った。


「『キャッチボール』……?」


 そう札された棚。


「オススメはこれっす」

「キャッチボーラー……AMA?」

「キャッチボールって和製英語なんすよー」

「あ、そう」

 

 七千円。安い。でなく。


「アマ?」

「アマモデルっすねー」

「……えと。社会じ――」

「近所のおっさんっす」


 どういうことだよ。

 俺は胸中でツッコミながらグローブに手を突っ込――もうとしたが人差し指が入らない。穴がないのだ。


「あのコ――」

「アマモデルっすから」

 

 店員が、へっ、と鼻を鳴らした。


「休日のおっさん、よく突き指するんすよ」

「これなら出すしか――」

「っすね。あと週イチか月イチで手入れしないし、そういう風に作ったっす」


 店員は鼻で息をつき、両腕を胸の下で組んだ。


「プロモデル買う意味ないっすよ」

「でも――」

「ファンなら別っすけど」

「……じゃあ、これで」

「まいどー、っす」


 アマモデルはちょうど良かった。可もなく、不可もなく。雑に扱っても気にならず、買い替えもいらない。

 今は、投げ方を教わりに同じ店に通っている。

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