純白のドレス
二十一歳の秋だった。運がいいのか悪いのか、バイト先で
将来安泰。
地味だけれども。
波乱もなさそうだけれども。
そんなとき、実家から
「三分おきって」
私はコンセント式AEDで息を吹き返したスマホを見つめ、誰に言うでもなく呟いた。嘘だ。平静を取り戻そうと自分に言った。
思い当たるフシがあった。
せめて可愛い孫の卒業と就職と結婚と出産までは元気でいてよ、と私は祈りながら電話をかけた。
「おっす」
軽かった。要件は祖母が用があるらしいから暇を作れ。詳細不明。暇を見つけてでなく、作れというのが
でも、嫌な想像が尾を引いて、口は土曜に帰ると動いた。
不動の白雲が空に蓋する漬物石に見えた。
視線を下ろすと我が実家の実家。祖母が
すっかり縮んだ祖母が、革張りソファーに正座し、茶を飲んでいた。
「久しぶり。元気そうだね」
私の社交辞令に、
「大学は世辞しか教えないんだねえ」
祖母はそう返した。
「あんたに、あげたいたいものがあってね」
遺産?
「ニヤけてるよバカ孫」
「……もうちょっと孫に優しくしようよ」
「するよ。ほら、アレ」
祖母が顎をしゃくった先、和室の
純白のウェディングドレスだ。白い長手袋つき。デザインは古めかしいが、輝きは幾ばくも失われていない、旧時代乙女の大鎧。
「私まだお相手が……」
「あんたの器量じゃね」
「おばあちゃん口悪くなった?」
「金歯の一つもないね」
祖母は言った。
「あんた、これ着てさ」
「うん」
「カレーうどん食べてきな」
「……ぅん?」
私は眉間に力をこめて聞き返す。
「カレーうどん?」
「老人には重い」
「そうでなく」
「爺さんがね。いつかこれで式やろうって」
「いつ」
「死ぬ前だよ」
「言い方」
「くたばる前さ」
祖母は鼻を鳴らした。
「腹立つから汚してやろうと思って、大事に取ってて、この年だよ」
「えと」
「盛大に音たてて啜るんだよ? 私が死んだらあんたにあげるから」
「おばあちゃん……」
老いて益々パンクだね。
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