殺し屋たち

 空子からこはガラス玉のような瞳でレースカーテンの向こうを見つめていた。


「……朝から目が死んでんね」


 カカカッ、と夏美なつみが笑った。体を起こし、ダイニングテーブルと名付けられたちゃぶ台に両肘を立て、組んだ手指の上に顎を置く。


「昨日の夜のさぁ」

「言うな」


 空子は手元のマグカップを掴み、口に運んだ。朝一の苦汁モーニングコーヒーに顔をしかめる。


「ヘミングウェイの殺し屋。私も影響されたんだよね」

「私『も』とは大きくでたねえ」


 カカッ、と喉を引きつらせ、夏美もレースカーテンの向こうに視線を投げた。


「読んだことあんの?」

「……マジ? 夏美、ないの?」

「マウント?」

「ちゃうわい。タダで読めんだぞ」

「じゃあ筋を教えてくれんかね。無学な夏美ちゃんにさあ」


 夏美は右手で頬杖をつき直し、左手は骨盤に下ろした。


「まんまだよ。筋も台詞もほぼ同じ」

「……マジで?」

「違うトコがいくつか」

「あるんかい」

「余計なトコが全部そう」

「……巨匠の仕事に余計があるんか」

「分かってやってる」

「その心は」

「ヘミングウェイのいいところは語りすぎないことと、語りすぎるところ」

「ほう。珍しく作家志望っぽいこと言ったね」


 空子は夏美を無視して言った。


「足されたのは銃撃戦と、アクション映画好きなら誰でも知ってる余計なキャラと、なくても問題ない狙われる裏付け」

「いらんの?」

「いらんというか、ヘミングウェイは書かない」

「意味が分からん」


 夏美が両手を頭の後ろに回し、眉を寄せながら胸を突き出し、背筋を伸ばした。


「あれは後の全てのハードボイルドの原作みたいなもんなんよ」


 空子はため息をつきながら言った。


「冗長な会話と、転がってる謎。伏線は回収しない。だから情感が生まれる。いわば究極の雰囲気バナシなんだ」

「だから終わりも雰囲気だけ?」


 空子は目を細め、下唇を舐めた。


「いくつか、好事家オタクとしてひねくれた物の見方をすると」

「すると」

「『ほら、アニメっぽくするとつまんねえだろ?』って笑ってる」

「性格わるっ」


 カカカッ。

 夏美は両手を背中の後ろで床に突っ張る。


「面白かった?」

「古典に学べるのも事実だし、古典が古臭いのもそう」

「その心は」

「アニメに合わないって知ってたろ、かな」


 空子は細く、長く息を吐き、笑った。


「会話劇は映像にゃ向かんよ」

「なんで?」

「小説は読者が間を決められるけど、映像は作り手が間を決めるから」

「作家志望っぽいこと言うねえ」


 誰が何を殺したんだろうね。空子は胸の内で呟いた。

 

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