オタク 優しい ギャル

 運動部の活動で賑わうグラウンドを望む階段に、二人分の距離を置いて女生徒と腰掛け、友樹ともきは缶コーヒーに口をつけた。ズズズ、と音を立てて啜った。甘ったるいコーヒーだった。


「先輩。英里えり先輩」


 友樹は冷めた目をグラウンドに向けたまま言う。

 英里がスマホをいじる手を止め、茶色というには明るい短かな髪を左耳にかけた。

 

なん?」


 顔は地平にあるが、涼しげと冷淡の中間――淡白寄り――の眼差しは飽きている。


「……俺、気付いたんスよ。オタクに優しいギャルは実在するって」

「……おお。ここに実在すっからね」


 英里はつまらなそうに言い、ポケットからロリポップを出し包み紙を剥いだ。女子にギャル要素を十パーセントほど付加する課金アイテムである。

 友樹は、英里の口から突きでる棒を横目に言う。


「パイセンはギャルじゃないでしょ」

「どっからどうみてもギャルだしオタクに優しいよ」

「いや優しくはないでしょ」

「まずお前がオタクじゃないし。ウチのには優しくしてんよ」

「……カレシいたんすか」

「いるよ。ギャルだし」


 ガジ、と英里は飴玉を犬歯の間に挟んだ。力を入れて軋せる。舐れば三十分もつ飴だ。噛み割ろうというのではない。歯を軋ませるより健全に歯痒さを解消しようというのだ。

 尖った歯が飴玉の表面を削ぎ、英里の口中にケミカルなチェリーの香りを広げる。


「……お前のはオタクに優しいギャルじゃなくて『俺』に優しいギャルじゃん」

「……そうかもしれないスけど、パイセンはギャルっていうよりヤンキーでしょ」

「ギャルとヤンキーの交叉集合が私」

「……ギャルヤンキー……ヤンキーギャル?」

「序列があったら部分集合でしょ。勉強しなよ」

「……やっぱ優しくないじゃないですか」


 友樹は缶の縁を噛んで揺らした。英里が、また音を立てて飴玉を削った。


「分かってねえな、お前」


 英里の目が細まり、友樹の側を向いた。


「まずギャルに優しいオタクがいるんだよ」

「ギャルが先かオタクが先か?」


 友樹も英里を見やった。そのときには、すでに彼女の瞳はグラウンドを見ていた。


「話の分かる私は優しいオタクのギャルだよ」

「パイセン、ギャルでヤンキーでオタクっすか」

「所有格だよ。勉強しろ」

「……オタクのギャルは優しい?」


 英里が振り向き、友樹と視線を絡めた。

 グラウンドで、金属バットと硬球がぶつかりあう甲高い音が鳴った。


「ギャルのオタクも優しいかんね」


 英里は首を傾け友樹から視線を外すと、ゆるゆると手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る