ハード・ボイルド・サヌキウドゥン

 世界は矛盾で満たされている。たとえば人生。長いようで短く、短いようで長い。楽しい苦難の連続だ。人生は無意味だと叫ぶほど意味深い行為はない。ある。ない。

 だが、待ってほしい。

 それらは本当に矛盾なのか?

 矛盾とは中国の詐欺師が唱えた売り文句だという。何でも貫ける矛と何でも止める盾。クレーマー気質な見物客が「じゃあ矛と盾をぶつけてみせろ」と言った。きっと詫びが目当てだ。物騒な時代にド田舎まで重たい矛と盾を運んで売ってやろうという善良な商人は意気消沈した。

 だが、商人も商人だ。こう答えりゃよかった。


「オーケー。中古にしちまう前に矛と盾を買ってくれ」


 おれは極東の西、島国の離れ島で、間近に迫る夜のために昼飯を食べようとしていた。いま待っている食事は遅すぎる昼飯に相当するはずだが、日を跨ぐまで次の食事は見込めない。日を跨いだ食事を夕食と呼ぶか? おれは歩き去った夕方に未練はない。零時を回れば次の日だ。一日の最初は朝食に違いない。

 これが矛盾だ。

 言ってることが噛み合わないんじゃない。宙ぶらりんだから矛盾という。ぶつけたが最後、物事はどっちかの側からしか語れなくなる。矛が勝つにせよ、矛が負けるにせよ、視点が定まってしまう。

 ついさっき昼飯ではない昼飯のために支払ったはずが形を変えて手元に返ってきた銅の硬貨――ジューイェンダマー――の、表と裏のどっちかの側。

 どいつもこいつも、それを忘れていやがる。

 おれはジューイェンダマーを立てた。塗料の剥げた薄青のテーブルに。左手側が裏の世界。右手側が表の世界。矛盾は俺の目の下にある。

 ジューイェンダマーの厚み。

 それと、


「おまちどうさーん」


 と、店員が、おれの前に置いた、


「……ハード・ボイルド・サヌキウドゥン」


 矛盾の塊。サヌキウドゥンには厳格な定義がある。カガワ産。ハンドメイドもしくはハンドメイド風。加水量は小麦に対し四十パーセント以上。食塩は小麦に対し三パーセント以上。ゆで時間約十五分で充分にアルファ化されたもの。


「じゃあ、十五分で固茹でされたこいつはなんだ?」


 すべての条件を満たして破る矛盾の麺。

 おれはジューイェンダマーを倒さないように左手で覆い、右手で割り箸を取った。片端を唇に挟み、割る。トキョ・スタイル。カガワ・アティテュードではない。

 一本、啜り、噛みちぎり、おれは店員に言った。


「四つくれ」

「……それ食ってからにしなよ」


 おれはデッカードになれなかった。

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