雲談義

 傾き始めた日差しが、青空に浮かぶ灰色の雲を白く縁取っていた。二層、三層と積み重なっているようにも見えるし、大きく、高く育った雲が、風にちぎり取られたようにも見えた。

 ――綿菓子にしちゃ汚いか。

 萩原はぎわらはポケットに押し込んでいた両の手を腰に置き直した。傍らの少年が、雲塊から離れたところに浮かぶ雲を指差して言った。


「うんこー!」

「……台無しだな」


 風情が。萩原は苦笑して少年の頭を撫でた。ベチン! と秒の間もなく思い切り手を払われた。


「触んなし!」


 口調の激しさの割に、少年は楽しげだった。

 クッソ面倒くせぇ……。

 正直な感想だ。久方ぶりに良いところのない田舎に帰省したのは近所に住んでいるイトコの春海はるみに会いたかったからで、春海の年の離れた弟を預かるためではない。

 萩原は少年の肩をつつき、少年いわく『うんこ』な雲の切れ端を指差した。


「あそこ見ててみ。兄ちゃんが消してやるから」


 言って、雲の切れ端を指差して待った。白い靄のようになっていた雲が薄っすらと色を失くし、やがて青空に溶け込み、消えていった。

 手品にもならない子供だましだ。

 綿雲は現れては消える。信号の色を変えたり、自動ドアを開いたり、一部の植物の葉の向きの変えてみせたりする、誰にでも使えて子どもにだけ通用する念力だ。

 すっかり雲が消え失せると、萩原は得意げな顔を少年に見せた。


「……おっさんでしょ」


 少年の人を小馬鹿にする細目は、憎々しくも春海の涼しげな目元に似ている。

 目的を果たした代償は、夏の終りの入道雲より巨大だ。

 萩原は両手を腰の後ろに回して背筋を伸ばした。そうでもしなければ少年を泣かせてやっていただろう。


「お前さ、もうちょっと大人に付き合おうって気はねぇの?」

 

 俺は昔そうだったけど、と萩原は思う。二つ年上の、お姉さんぶる春海の念力に付き合ったというのに。

 ――もう誰かと付き合ってんだろうなあ……。と萩原は両目を閉じて顎を上げた。


「――あ! 姉ちゃんのブラ!」


 聞こえた少年の声に、萩原は目をかっ開いた。


「どれだって?」

「あれ! 姉ちゃんのブラそっくり!」


 萩原は少年の指の先を見やった。


「――でか!?」


 萩原は呆然となった。

 少年はケラケラ笑いながら別の雲を指差した。


「姉ちゃんの部屋にあった!」

「あ?」

 

 青空に細長く丸っこい――あるいは太ましい楕円の雲が浮いていた。


「……何があったって?」


 萩原は親睦を深めるべく少年に尋ねた。


「もっと詳しく頼む」

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