冤罪探偵

 館の主人の死体があった。頭に打撲と流血、背中にナイフが刺さっている。投げ出された赤く濡れた指が、途切れがちな血文字を示している。


 A to 6 Γ


 エー・トゥー・シックス……ガンマ……か?

 場辺ばあたり論理ろんりは傍に膝をつき、検分するふりをした。

 

「ど、どうなんですか……!」

 

 六井むついが青い顔をさらし、牛久うしくが声を震わせる。


「そ、それって……!」


 論理は肩越しに振り向き、思わせぶりに頷いた。


「おそらく、ダイイング・メッセージです」

「い、意味は……!?」


 執事の跡部あとべが汗をダラダラ垂らして論理に問う。介護ロボットのアールが声に反応した。


「歌を歌いましょうか?」


 いまはいい――。

 論理は思わせぶりな顔で、そうですね、と声を低めた。間が欲しかった。


 ――さっぱり、分からないのである。


 そもそも論理は探偵といっても詐欺師にちかい。猫探しの依頼なら写真を頼りによく似た猫を手に入れて渡すし、浮気調査があればハッタリと美人局つつもたせを使ってターゲットを強請ゆする探偵である。


 ……死ぬ間際に文字を書くとか余裕ありすぎだろ!


 内心で館の主人を口汚く罵りながら、論理はその(倫理的に)腐った脳みそを回した。ありとあらゆる手段を講じて築き上げた名声を失うわけにはいかなかった。


「これは、ダイイング・メッセージです」


 空白のひとときが流れ、アールが言った。


「踊りましょうか?」


 六井が両手を広げて叫ぶ。


「見りゃ分かります! どういう意味かと聞いてるんです!」


 悲しみと焦りと、怒りも少し。金切り声に論理はイラっとした。

 ……こいつにすっか。

 殺人事件があった。探偵が解決せねば。しかし手がかりの意味が分からない。

 なら、どうする。


「六井さん。犯人はあなただ」

「は!? はぁ!?」

 

 愕然とする六井。


「何を言ってるんですか!」

「A to シックス……これは牛久さんとあなたです」

「え!? 私も!?」


 牛久が自分を指差した。


「Aは牛の角を逆転させた文字。牛久の頭文字だ。牛久からシックス、つまり六井」

「わ、私もそう思います!」


 間髪いれずに跡部が叫び、論理は頷く。


「まず牛久さんが後頭部を殴り、六井さん、あなたが刺した」

「そ、そんなバカな! じゃあガンマはなんです!?」

「ギリシャ文字のガンマはアールを意味する。そう。もうひとりの犯人はそこの介護ロボットです!」


 呆然とする牛久と六井。やけに必死にそうだそうだと喚く跡部。すべて詰めた後に脅そう。そう論理は決めた。


「幸せなら手を叩こう♪」


 アールが歌いだした。

 

 

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