帰れずの橋の顛末

 主婦に連れられて外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。耳に戻る騒音。出入り口の壁にB4とあった。

 

「あなたたち何であんなとこで泣いてたの?」

「え?」


 コヨリは声が聞こえたことに驚き、目を潤ませながらアキホに抱きついた。


「ごめん! ごめんね! 私のせいで――」

「泣きすぎ」


 アキホは呆れ混じりにコヨリの背を擦り、主婦に事情を話した。調査のこと。道に迷ったこと。あなたが来なければパニックになっていました、と――。


「テープ、ちゃんと剥がしたの?」

「あ、はい。帰るときに全部……」

「たまたま通りかかったから良かったけど……気をつけなさい。女の子なんだし」

「はい。ありがとうございました」


 アキホに合わせ、コヨリは深く腰を折った。顔を上げると、主婦が一度だけ振り向き橋に入っていくのが見えた。


 数日後――。


 職員室から出てきたコヨリが、扉の前で振り向き、一礼する。


「ありがとうございましたー」


 すとんと肩を落とし、教室で鞄を回収、校門前でアキホと合流した。


「おつかれ、コヨリ。どうだった?」


 コヨリは担任の真似をして胸を張った。


「『まあ頑張りに免じて期限を伸ばしてやるから、書き直せ』」

「はいはい、先生」


 苦笑し、アキホが肩をつついた。


「どっか寄ってこ」

「うん。課題の相談しないとね」

「じゃあ駅前にしよ」


 あいかわらず、うるさく蝉が鳴いている。けれど、音色はこの数日で様変わりした。

 ふと、アキホが呟く。


「あの主婦、おぼえてる?」

「当然。見かけたらお礼しないと」

「それなんだけどさ。あれ、おかしくない?」

「……何が?」

 

 顔を歪めるコヨリに、アキホは言った。


「外、もう暗かったじゃん」

「……買い物が遅くなったんでしょ」

「エコバッグはパンパンなのに橋に戻った」

「……買い忘れに気付いたんだよ、多分」


 勘弁してよ、とコヨリは目を瞑った。

 アキホが声を低める。


「実は、兄貴に伝えたんだよね」

「……何か言ってた?」

「『二度とするな』って」

「え?」


 コヨリは足を止めた。蝉の声が遠くなった。

 アキホが伏し目がちに続ける。


「『お前、留学なんてしたくないだろ?』だって」


 ふっ、と小さく鼻を鳴らし、アキホは空を見上げた。

 

「あの橋、なんなんだろうね」


 コヨリは胸に手を当て、深く息をつく。


「じゃあ、私も」

「……何?」

「実は、テープ、一つ、剥がし忘れたんだ」


 気になって、気になって、気になって、あの日からよく眠れない。

 コヨリは顎をあげた。

 空が、真っ赤に染まっていた。 

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