帰れずの橋の後悔

 コヨリの視界が潤んだ。冷静でいられる内に引き返すべきだった。駆け上がる途中にテープを剥がす。何でそんなことばかり覚えていたのか。

 アキホが俯いていた。

 電波はない。

 今にも、下から足音が近づいてくる気がした。

 それでも、帰るには。


『やろう』


 そう書くだけで充分だった。アキホが頷き、コヨリの後ろに回った。ゆっくり、ゆっくり、歩きだす。

 やがて、ロープが引かれると、今度はアキホに引かれて歩く。

 交差点が渦巻きになるなら、外れるしかない。

 けれど。


「     !?」


 コヨリは音にならない叫びをあげ、しゃがみこんだ。背後には壁と梯子。何度目かの光の先だった。もう何度目だろうか。救いを求めて梯子を登るも、やはり扉には大きな錠がかかっていた。


 きっと、もう使われてないんだ。


 目に涙が滲んだ。

 壁にのE6の文字からして、中段の、高速道路の下にいるはず。

 自作の地図に表記はない。

 もう何度目かの、新しい出入り口だった。

 コヨリとアキホはへたり込んだ。

 空が赤く染まりかけていた。音が聞こえていれば蝉の声が聞こえただろう。電波があれば助けを求めて叫んだだろう。

 下を見ても飛び降りるに高く、手を降っても見上げる人影はない。

 時刻は、十八時を回ろうとしていた。


「     」

 

 アキホが何かを言い、顔をしかめながら腰をあげた。正規の道に戻れないまま、もう何時間、歩いたのだろう。

 コヨリはずっと、音のない世界で唱えていた。


 ごめんね。ごめんね。ごめんね――。


 私のせいだ。道の出入り口を見つけたところで帰ればよかったんだ。それなら、こんなに足が痛くなることはなかったし、こんなに怖い思いをしなくてすんだし、こんなに――


 ゴクン、とコヨリは唾を飲んだ。

 突っ張る腰のロープ。アキホが振り向いた。顔が汗まみれになっていた。


ゴン、ゴン、ゴン


 と、足音が、下から近づいてきていた。

 扉の向こうにいたであろう、何か。

 触れてはいけなかった。

 触れるべきではなかったのだ。


「    !」


 コヨリは叫び、アキホに抱きついた。そんなことないと首を振ってくれた。

 肌と、肉と、骨を通じ、聞こえた。


 止めなかった私が悪いんだよ。


 コヨリは泣いていた。


 ごめんね。本当に、ごめんね。


 抱き合って、震えていると。


「     」


 足音が直ぐ側で止まった。

 気配に、恐る恐る目を開けると、


「      」


 買い物帰りの主婦がいた。

 二人は弾かれたように立ち上がり、主婦に抱きついていた。

 そうだ。

 考えてみれば、いくら奇妙な橋といえど、まずは通用路だったのだ。

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