帰れずの橋の原点

 爽やかな風を浴び、コヨリとアキホは腰を下ろした。時刻は昼を過ぎ。一休みしたら下りだ。通路の交差点が描く螺旋あるいは渦巻の、始点を目指す計画だった。

 アキホが、胡座をかくコヨリの太ももをペチンと叩いた。


「      」


 はしたない。そう唇が動いた。

 アキホはリュックを探りビニール袋をコヨリに手渡した。記憶にある香りは、大きな鶏皮の唐揚げだった。

 予想外のサプライズに苦笑し、コヨリは持ってきたサンドイッチの半分をアキホに渡した。まずは唐揚げにかぶりつき、


「    」


 口と心でカロリーと呟き笑いあった。

 まあ、たっぷり歩いたし、また歩くんだし。

 呑気にそんなことを考えていた。夏のちょっとした冒険のつもりで、小学生の頃に戻ったみたいな気分で、帰り道の心配はしていなかった。

 登る作業を下りに変換。渦巻は左巻きで、最下層の失点は、川の真上にくる。

 分かっていても、似た音が延々と鳴る通路を歩くのは苦痛だった。道中のマークを外し、下り、マークを外し、下る――。

 進んで、進んで、進んでいく内に、ふとコヨリは足を止めた。


『最後にマークしたの、いつだっけ?』


 メモを見て、アキホを首を左右に降った。


ゴォォォォォォ……


 と、低い耳鳴りが頭蓋を反響している。目元に痛み。スマホを見ると二時間も歩き通しだ。


――おかしい。

 

 二人とも気付いていた。万歩計の表示からして、最後の分岐は越えたはず。つまり、ここからは、ひたすら下るのだ。

 強まる頭痛に耐えて、歩き、歩き、歩いた。

 そして。


「     」


 金属扉を見て、コヨリは身震いした。

 赤錆の浮いた扉に、


『開放厳禁』


 と書き殴られていた。一、二、三――十三もの錠がある。

 入ってはならない。いや、なんとか封鎖したというべき扉。

 それが、最下層にあったのだ。

 寒気と怖気は、拍子抜けといっていいのだろうか。

 扉を手押してみると――、


ガンッッッ!!


 と内側から強烈な勢いで叩かれた。

 何かが、奥に、いる。

 思うと同時にまた叩かれた。


「     !!」


 コヨリとアキホは顔を見合わせ、上へと駆けた。

 マークに差し掛かると剥がし、上へ、剥がし、上へ――上へ?

 コヨリは足を止めた。

 ビン、と突っ張るロープ。

 振り向いたアキホが涙目でメモを書きなぐった。


『何』


 コヨリは書いた。


『たぶん、もう、全部、剥がした』


 そうでないと、歩いた距離と時間としておかしかった。

 背後から、ガン、ガン、と扉を叩く音が聞こえた気がした。

 どう、帰ればいい?

 帰り道は、もう目に見えなかった。

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