帰れずの橋の頂上

 コヨリはスマホを見た。電波なし。唯一あるのは、

 

 キィィィィィィン……


 と響く金属を擦り合わせたような音ばかり。ただの耳鳴りなのか、全ての音をかき消す何かか。

 コヨリは騒音測定アプリを起動する。所詮はアプリ。マイクもないし正確ではないだろうが――。


ゼロdbデシベル


 その表示にコヨリは安堵の息をついた。ただの耳鳴りだ。無音だ。怖くない――。

 まだ、出入りの激しい構造物の内側でゼロdbデシベルを計測するのがどれだけ異常か、理解していなかった。

 コヨリはリュックのサイドポケットからメモとペンを出す。


『マーキングするね』


 書いて見せると、アキホが頷き、リュックから赤いガムテープを出した。最初はスプレーも考えた。でも橋は公共物だ。万が一、監視カメラがあったりして補導されたら困る。だがテープなら、帰りに剥がしてしまえば痕跡は残らない。

 コヨリは足元に二股の矢印をマークし、アキホのマークを見てから歩き出した。

 いくぶん、ゆっくりと。

 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと――。

 異様に足が疲れた。特に右足。真っすぐ歩いてるだけなのに、と地図と模型の写真を見て納得する。おそらく、曲がり、登っているのだ。

 後ろからロープを引かれコヨリは振り向く。アキホが足元にテープを貼った。


『やってみよう』


 見せられたメモ帳に、コヨリは親指を立てた。汗を拭い、スポーツドリンクで喉を潤し、ハンディファンを回す。

 アキホに引かれて後ろ向きに歩き、矢印を越えるかどうか――。

 急に、視界が変わった。

 

 コヨリは足元にマークをし、現れた右に折れていく道を選択する。繰り返し、やがて耳鳴りを忘れかけた頃。


 ゴォォォォォォ……


 と、橋全体が揺れるような振動があった。音を測定すると五十デシベルを超えていた。ということは。

 コヨリはアキホと顔を見合わせた。

 高架の下か、上にいる。

 二人は進んだ。

 やがて先が白み、そして。


「        !」


 汗を吹き飛ばす強風。白い塗料の剥がれた鉄柵。湿気った空気で霞む街並みが足元に広がっていた。振り向けば高い壁と長い梯子があり、恐々と鉄柵の向こうを見下ろすと、橋に呑み込まれていく車道があった。

 傍に、赤いスプレーでH1とある。メンテナンス用か、もしくは避難用の通路なのであろう、地図にはない出入り口――。


『やったね!』

 

 コヨリは急いでメモを書き振り向いた。アキホも同じことを書いていた。

 どちらともなく手を上げ、打ち合わせていた。

 音はなかった。

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