夜深く月にかかる雲を見て

 深夜に街を歩くのが好きだというと、反応はふたつに分かれる。

 ぎょっとするのがまずよくあって、やるやるというのもたまにいる。

 後者の場合は嬉しくなって、つい語り合いたくなるが、実は大きな誤りだったりする。


「……十二時くらいはまだ夜。二時からが本番なんだよなあ」


 トモキは夜空を見た。真円から少し欠けた、いびつ檸檬レモンみたいな月に、綿埃みたいな雲がへばりついていた。

 光は、コインパーキングや深夜営業のコンビニ、街灯、信号、極稀に車のヘッドライトが伸びたりするくらい。

 ただ、と言っていいのかは怪しい。

 たまたま、住んでいるのが都会と田舎の狭間だから、それだけの光があるとも言える。

 雲に阻まれ地上まで届いていないように思える月光も、山中なら唯一の光源だ。

 現代は明るすぎる――そう思うのは、深い夜を歩かない奴だ。

 

「そっちは……何、やってる?」


 スマホに文字列を打ち込むにあたり口に出してみるのも自由。人気ひとけがないが、しかし、安全な日本ならではだ。

 電波に乗って基地局に行き、ロケットみたいにすっ飛んで、トモキの言葉が故郷の山奥に運ばれる。

 しばらく経って、返ってくる。


『寝てる』

「起きてんじゃん」


 人気がないから口にして、トモキは車道にふらふら歩み出る。昼に降った雨が乾ききらずにいる。見た目には分からなくても、靴底に感じるアスファルトが粘りついてくる。運動にもならない運動で体温が上がり、けれど大気の温度と釣り合い交換できずにいて、吹き出た汗を吸いこめるほど空気の奴に余裕がない。

 気づけば髪の毛の先はまとまり、Tシャツが肌にまとわりついて、口を覆うマスクを下ろしていた。

 水の中を歩いているようだった。

 吸っても、吐いても、苦しさは変わらない。


「……やっぱ盆はダメだな」


 日本には四季があると主張する者は多いが、その大半は知識だけのまやかしだとトモキは思う。ほとんどの人は海の向こうにも四季があると知らないし、四季にも夜があるとはもっと知らない。

 北から南に長い土地を持ち、海側と大陸側の二つの顔をもち、山と平野が混在している。そんな知識だけを前提に四季は特別なんだと語る。

 もったいない、とトモキは思う。

 深い夜の底を気楽に歩いていられるのに。

 日々の移り変わりが最もはっきり顕れるのが夜なのに。


「……まあ、特別なだけでいいもんでもないけど」


 トモキは夜深く月にかかる雲を見て言った。

 額を手の甲で拭うと、何の光か、銀色に輝いていた。

 

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