帰れずの橋の相談
コヨリは入店から十五分の間に三度ものドリンクバーとの往復をすませ、混ぜすぎてよく分からない味のするスペシャルドリンクの炭酸に、口の中でゲップを吐いた。
「なーにやっとるのかね」
寝ているスマホを指で叩き起こし、左端の数字が増えてないのを確認して。もっかいドリンクバーに行こうかと思った頃、私服のアキホがA四のファイルケースを手に戻ってきた。
「なんで着替えとんのじゃい」
コヨリはストローに紙袋を装填、吹き矢みたいに飛ばした。空中でくるりと円を描いた皺だらけの袋を捕まえ、アキホが対面の席に座る。
「探すの手間取っちゃってさ」
「着替える時間はあったのに」
「だから、ごめんって」
言って、呼び出しベルを押した。アキホは店員から個包装のお手拭きをもらい、レアチーズケーキとアイスコーヒーを頼んだ。伸びるビニール袋に舌打ちしつつ、お手拭きでケースの外側を軽拭った。綿埃でお手拭きは灰色になった。中には、電池の切れた万歩計と、古ぼけたノート一冊と、丁寧に折りたたまれた模造紙が入っていた。
「……なんだっけ、これ。見たことあるわ」
コヨリの脳裏に、永遠に続くように思われたがしかし一瞬で過ぎ去り二学期初日に絶望した、ありし日が過ぎった。
アキホはくつくつ肩を震わせつつ、店員からケーキとコーヒーを受け取った。
「自由研究?」
「それだ!」
ビーン、とコヨリは手を伸ばした。
アキホはケーキの突端をフォークで任意の角θを計算しにくくすると、小さな口に運び、目を閉じて、満足気に頷いた。
「見ていい?」
「見ないんならなんで持ってこさせたのって話」
「だよねえ」
テロリとノートを開くと、
「……うっわ」
引いてしまった。
ノートの、各ページの欄外に1A-1だの1A-2だのと書かれ、ページ一杯に拡大した橋の絵が描かれていたのだ。几帳面に、定規と製図用のペンを使い、歩数から逆算したであろう長さも書き込まれている。
そんなのが、何ページも、何ページも続いていた。
これはあれだ。
地図帳だ、とコヨリは目眩をこらえるように上目向いた。天井の一点に、人の顔のようにみえる油汚れがあった。
「これ、ひとりでやったん?」
「まさか。私は二代目」
「――にだ!?」
どういう意味だ。
がばちょと姿勢を正すコヨリに、アキホは薄笑いで答えた。
「先代は兄貴。もういないけど」
コヨリは口に含んだスペシャルドリンクの味が分からなくなった。
――元からよくわからない味だったけど。
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