純文学の本質
久方ぶりにタマキから連絡がきた。
『ボクはもうダメです。思うものが書けないのです。いやしくも文筆家たるものとして人を描いてきたつもりですが、ボクには人というものが分からない。先生、ボクはもうダメです。明朝、ウヰスキーにミンザイを混ぜようと思います。ボクはもう、そうするより仕方ないのです』
またとびきりこじらせてきた。面白さ保存の法則とやらを報告してきてからしばらくは大人しく執筆に勤しんでいたようだが、飽きたのだろうか。
「……いや、それはないか」
根性はないが諦めだけは悪い子だ。文面からも自死の気配は匂わない。旧字体もどきを混ぜてるし。アルコールもダメだったはずだから、酔っているとしたら自分にだろう。
――とはいえ。
「……万が一ってこともあるか」
文体からするに昭和の文豪あたりハマったのだろうが、あの辺は異様なくらい自殺者が多い。最悪、太宰治に魅せられたりして文筆とは死ぬことと見つけたりしているかもしれない。
私は美顔ローラーを吐息と一緒にベッドに置き、家を出た。
世界は夜空の下でもまだむし暑く、遠い喧騒だけが乾いていた。
タマキの家のインターフォンを鳴らすと、
「来てくれたか、友よ!」
と甚平姿のタマキが出てきた。やっぱり。
「……今度はどんな発見?」
「うむ。よくぞ聞いてくれた。私は――って、あ、あれ?」
タマキの挙動が怪しくなった。
「し、心配して来てくれたんじゃないの!?」
まあ、したといえばしたけど。
私は目の前の珍妙な愛玩動物の頭を撫でた。
「一人称。ボクじゃないの?」
「――ハッ!」
大げさに驚き慄き、タマキは急にしっとりした気配になった。
「ボクは気付いてしまったんだよ」
「……何に?」
「純文学は、文学じゃない」
正気か。
「純文学は、純文学なんだよ!」
それは
出かけた言葉を飲み込み、私は尋ねた。
「詳しく聞こうか」
「ボクは文字を文法を学ぶうちに気付いたのだ。純文学が文学であるなら純文学を名乗る必要がない!」
「……ウィトゲンシュタイン?」
「?」
かくんと首を傾げるタマキ。知らずに哲学していたらしい。
――が。
まあ、文法の勉強をしたことくらいは褒めてあげよう。
「えらいね、タマキ」
私はタマキの頭を撫でた。すると。
「だろう。ボクは純文学の本質を捉えた」
「というと?」
「文学とは違うぞと自称する精神。肥大化した自意識だ!」
「……早く良くなりますように」
世界がいかにあろうとも、タマキはタマキのままでいた。
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