奇の衒い場所を間違えた異能バトル

 深夜。黒雲が尾を伸ばし、月光が途切れた。寝静まる街に激しい水音が響く。続く少年の声。


「逃がすか、色斎しきさい!!」


 イサキが右の第二、三指を揃えて指差す先に、雲のかかった湾月を背負う人影。

 ――紅花堂こうかどう色斎。世界の色を変えんと企む異能の徒が、闘争の甘美に酔い痴れていた。

 目にも煩い百色を織り込んだ衣服を狙い、イサキは体中たいちゅう幻想顕出鏡ドリーム・プロッターを起動、超常異能の力を顕現させる。


「鯵鯵鯵鯵鯵――!!」


 連呼される鯵。言葉を鍵概念として、色斎の影に青円が顕れた。幻想顕出鏡が記録するスズキ目アジ科に分類される魚類を召喚、大気を水中に変換し、アスファルトから直上へ射出した。

 イサキの異能――海産物の王キング・オブ・シーフード

 海中の推力で、大気というその速度域ではほぼゼロ抵抗となる空間を貫く、三十属百五十種のアジ科の大群。

 それは犠牲者に確実な死をもたらす青銀の魚群だ。

 人の跳躍で宙にいる色斎に逃げ場はない。

 ――はずが。

 余裕の笑みで呟いた。


極彩色の世界ワールド・サイケデリカ……!」


 秒の間もなく、世界が極彩色に色づいた。血中に幻覚剤LSDを流した生命体に等しく、世界そのものが膨張する七色の幾何学図形に侵食された。獲物を捉えんと直進していた魚群は色覚異常をきたし散り散りに進路変更、マアジはマンションの窓を割り、コガネシマアジが壁で潰れ、ブリが反転アスファルトで真っ赤に炸裂、満ちる濃密な生臭さ。

 極彩色の世界が硝子のように砕け、色斎が悠々と舞い降りた――が。

 その頭を、べちん、と一匹の魚が殴打した。

 地で跳ねる魚影は七色の光沢にヒラアジ系の体、しゃくれた顎を宿していた。


「――ヒシカイワリ、か」

 

 色斎は苦笑しながら髪を七色格子のハンカチで拭い、投げ捨てた。


「さて、イサキくん。アジ科は尽きたとみえるが、次は何かな?」

「……烏賊スクィッド!!」


 唱えた瞬間、イカの大群が顕現した。その数、四百五十種以上。大小も含めてもはや回避は不可能な物量に思える。

 しかし、色斎は余裕を崩さず両手を広げた。


恐怖の万華鏡バッド・トリップ……!」

 

 膨張と伸縮を繰り返す悪夢の鏡箱が生み落とされ、イカがそれぞれ大きな円弧を描きつつ事象の消失点に呑み込まれていく。

 しかし。

 予想済みだよ、とイサキは自らの足で駆けた。


「この幻想顕出鏡いらずの化け物が!」

「――だったらどうする、イサキくん!」

「こうだ!」

 

 イサキは拳を引き絞り、突き出しながら叫んだ。


「カツオォォォォォォォォ!!」


 海を時速九十キロで突き通す大槍が、大気の内に放たれた。

 

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