ほっこり中身のダークファンタジー

 目覚めたエリクは自らの異変に気づいた。両手が何かふわふわしたもので繋がれている。背中の柔らかな感触と、その奥にある硬さはなんだ。

 首をねじり背後を見ると、ピンクのモコモコをあてた手錠で両手が繋がれ、低反発クッションを挟んで柱に縛りつけられていた。


「な、なんだよ、これ……」


 誰がこんな。そう口にするまでもなかった。

 

「起きた? エリク」

「ギアラ!」


 少女が金色のアルミ鍋を持って立っていた。口元に浮かべる冷酷な笑みに、寝る直前まで対戦ゲームに興じていた可愛い姪っ子の面影はない。


「な、何……それ、は」


 声が震える。尋ねるエリクの脳裏では、最悪の結末が明滅していた。

 ギアラが、エリクの前のカセットコンロに鍋を下ろし、蓋に手をかける。


「な~んだ」


 歌うような口ぶりで、ギアラが蓋を開けた。

 エリクの視界に飛び込んだそれは――、


「あ、あああああああ!」


 エリクは悲鳴をあげた。


「あ、小豆ぃぃぃぃ! 僕の! 僕の、小豆、が、あ……」


 一瞬で涙が溢れた。乾燥中だった小豆が、アルミ鍋一杯に押し込まれ、ぐらぐらと揺れる熱湯で煮られていた。


「な、なんで、こんな……」


 エリクがくしゃくしゃの顔をあげると、ギアラは舌なめずりしながら袋を出した。


「安心して? で手当してあげる」

「そ……そ、れ……?」


 ギアラはくつくつと肩を揺らし、袋を開いた。ふわりと広がる甘い香り。


「それ――! ま、まさか……!」

「わ・さ・ん・ぼ・ん」


 ぶつ切りに言って、ギアラが鍋に袋を傾け始める。


「や、やめろ! やめろぉぉぉ!!」


 エリクの声は届かない。止めようと身を捩るも、もこもこの手錠と背中の低反発クッションが全ての抵抗を吸い、彼に無力を突きつけた。

 叫び、震え、首をめいっぱい伸ばし、届かぬと知るや足を振った。

 しかし。


「あ、あああ……ああ……」

 

 うなだれるエリクの目の前で、ギアラがヘラを鍋に突き立てた。和三盆と壊れた小豆が撹拌かくはんされる。執拗に。執拗に、執拗に、執拗に。

 ギアラは執拗に小豆をかき混ぜた。

 やがて煙が立った頃、エリクは叫び疲れて声も出せなくなっていた。


「エリク。まだ早いよ?」

「ま、だ……?」

 

 声を絞ると、ギアラは鋼の、目の細かい網を見せつけた。


「え!? え!? え!?」

「これから、この半潰れの小豆をしちゃいま~す」


 眼前の、無邪気という邪悪に、エリクは慟哭どうこくした。


「順番が違うよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 悲鳴は漆黒の餡に飲み込まれていった。

 ――宴は、始まったばかりだった

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