上条舞子は寝取られたい

「あ、あの! 俺と付き合って下さい!」


 今どき古風かもしれない。せめて放課後、一人でいる時を狙うべきだったかも。

 だが、体育館や校舎に裏側がなく、屋上への階段は施錠され、人気者の上条かみじょう舞子まいこは一人にならないのだから、瀬旗九郎せぱたくろーには他に選択肢がなかった。

 登校時間、同級生と談笑しながらの登場、校門前。

 固まる舞子の両脇で、女子二名が色めき立った。


「お願いします! 俺と付き合って下さい!」


 合唱部で鍛えた腹式呼吸の告白は、舞子と女子二名どころか他の生徒にも耳を塞がせた。

 はらり、はらり、舞い落ちるのは、青春の花びらだろうか。

 舞子は髪に手櫛てぐしを通すと、優美に首を傾けた。


「いいよ」


 はわわ! と女子二名ならびに生徒が両手で口を隠した。

 マジで!? と、九郎は拳大の石ころを飲み込むつもりで喉を鳴らす。


「い、いいんですか!? 俺と!?」

「うん。君と。名前しらないけど」

「九郎です! 瀬旗九郎!」


 喉よ裂けろと叫んだ。

 舞子は小さく握った手を口元に添え、息を吹き込むようにして笑った。


「せぱたくろー? 変な名前だね」

「よく言われます!!」

「だろうね」


 目を猫のように細めて肩を揺らし、舞子は試すような上目使いで九郎の顔を覗き込んだ。接近する瞳に九郎は思わず背筋を伸ばし、視線を天に投げ上げた。いっそビビるくらいの曇天。嵐の気配。


「付き合ってあげるのはいいけど……条件があるよ?」

 

 傍にいた女子たちが頬を上気して舞子を見やった。


「な、なんなりとお申し付け下さい!」


 九郎の返答に、生徒の視線はラリーを追う観客と化す。

 舞子が、喉を見せつけるように顎をあげ、言った。


「寝取られてくれるかな?」

「…………は?」


 ネトラレテクレ?

 ネトラレテ?

 ネトるって何だっけ。 ネットする? んなわけない。じゃあ――。



「相手は別に誰でもいいんだけどさ。寝取られてくれるの前提ならいいよ」

「……あの、寝取られって……」


 九郎のみならず、見守る生徒たちも、眉間に深い皺を寄せている。

 舞子は退屈そうに息をつき、爪をいじりながら言った。


「だから、誰か他の女――まあ男でもいいけど、寝取られてもらえる?」

「……えっと?」

「察し悪いなあ、もう」


 困った奴と苦笑して、子供をあやすように九郎の頭を撫でつつ、舞子は言った。


「だから、浮気してもらえる? セックス的な意味で」

「セッ――!?」

「私、そのとき死にたくなるくらい愛してあげるからさ」


 そう言って、上条舞子は唇を湿らせた。

 生徒は皆ドン引きしていた。

 

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