相互理解のためのウサ耳

 セロは荒い息をつきつつ、傍らの相棒に尋ねた。


「どうだ。机を壊して満足か? これでタダ働きだぞ」


 相棒のフロウは、やはり上がった息を整えながら呟く。


「うるせえ。てめえが取ってきた仕事だろ。てめえでやれ」

「いや、あの机の死には、お前も三割くらい責任あんだろ」


 セロは細い葉巻を唇に挟み、フロウが苦手だったと思い出し引っ込めた。


「気ぃ使ってるつもりかよ」

「つもりだチクショウ。いいよ、仕切り直しだ」


 セロは身を乗り出すようにして膝の上に肘を置いた。


「あれだ。互いの好きなところを言おう」

「寿命の短いとこ」

「……お前の耳、かっけー」

「きめえ」


 ぐぃ、とフロウは耳を撫でた。心底、嫌そうに。


「少しは歩み寄る気を見せろよ」

「もう何も信じらんねえ」

「……この際だから聞いていいか?」

「ダメだ」

「尻尾、辛くねえの?」

「……抉るぞ」


 セロはかくんと首を垂れた。


「怖ぇよ、人食い兎ヴォーパル・バニーめ」

「あんなおっかねえのと一緒にすんな」


 どうやら本当にいるらしい。セロはため息まじりに言った。


「椅子に座んのに邪魔じゃねえのかと思ったの。相棒の職場環境をだな――」

「セロ……お前、バカか?」

「バカとは何事だよ」

「人間はケツの穴から尻尾を生やしてんのか?」


 言って、フロウは床に散らばった猥褻画の一枚を拾った。振り向き美人のバニーガールだった。バニースーツの、ちょうど尻の真ん中に丸くて白い尻尾がついている。


「尻尾がこんなとこに生えてるわけねえだろ」

「……違ぇの?」


 フロウは黙したまま指を滑らせ、尻のすぐ上、いわば臀部の始まりで止めた。


「ここ。これ描いた奴はセロと同じ低能だな」

「……ああ、それでいつもお行儀よく座ってんのか」

「分析すんな気持ち悪ぃ。――だいたい何だ、この胸。牛みてえに腫らしてよ」

「へえ?」


 兎人の世界じゃ貧乳が正義ってわけかい、とセロは頷きを繰り返し、

 はっ、とフロウを見やった。


「……な、何だよ」

「じゃあ、お前、その胸当て――」


 ギッ、とフロウが固まった。徐々に頬を赤らめ、やがて両手で顔を覆った。


「お前……やっぱ抉る……!」

「いや待て。仕事に関わる。例えばフロウから見てイケてる男はどんな――」


 セロは床に散らかる机の遺骸の一部を拾い、ナイフで削り始めた。


「……何してんだ?」

「だから、例え話」


 木でウサ耳をつくり、セロは頭にあてがった。


「どうよ?」


 言って笑いかけると、フロウはしばし呆然とし、


「…………!?」


 鼻を押さえつつ顔を背けた。

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