理解を超えし変態性欲

「あい、ご苦労さん。これチップな」


 セロは配達員に小銭を渡し、勢いをつけて木箱を持ち上げた。重い。新調したばかりの机(先代は三日前に死んだ)に置き、覆いを剥がす。


「……おおー」


 思わず漏れる感嘆。ピクン、と相棒フロウの兎耳が動いた。興味津々。だが声はかけてこない。一年一緒に仕事しておきながら雌雄を誤認していた罪は重い。らしい。

 謝る気はない。

 ただでさえ見た目で判別しにくい兎人族が、胸当てで体型をごまかし男装、あまつさえ人の男言葉を喋るから悪い。

 セロは横目で様子を窺う。興味ない風を装っているが、兎の耳は正直者である。


「おおぅ……こりゃエロいわ」

「エロ!?」


 頓狂な声の主を見やると、気まずそうに目をそらした。

 セロは思わず鼻を鳴らした。


「なあ、手伝ってくんね?」

「……何を」

「猥褻図版のチェック」

「……メスのオレに? 抉るぞ?」

「過激かどうかの判定にオスメス関係ねえし、獣人に見せねえと」

「……は?」

 

 ガタン、とフロウが席を立った。抜身のナイフを片手に。

 セロは箱から一冊を出し表紙を見せた。一瞬、警戒するフロウ――だったが。


「……なんだ、ソレ……」


 魚の漬物を出されたときと同じくらい深い皺を眉間に刻み、困惑を示していた。

 本の表紙には、人のバニーガールと兎人が胸をはだけて躰を寄せ合い、互いの耳を絡ませる姿が描かれていた。


「どうよ。エロすぎ?」

「…………意味分からん」


 長い沈黙を挟んでフロウは言った。


「作り物の耳と耳を絡ませて……正気か?」


 フロウは声を震わせつつ、箱からいくつか掴みだす。


「……正気か!?」


 同じ言葉の反復。よほどの衝撃だったのだろう。

 

「何だこれは!? 誰向けなんだ!?」

「……人」

「マジか……人間、意味分かんねえ……」


 ジリ、とフロウが後退あとじさった。

 ――いや、待て。

 セロが近づくと、応じてまた下がった。


「いや、違うから」

「ど、どう違う?」


 明らかに動揺していた。

 えーと、とセロは机に並べられた猥褻物から一枚を選んだ。


「俺はこういう……」

 

 魔族の上向き捻じり山羊角を、見目麗しき女がナメている絵だった。

 フロウがナイフを逆手に持ち替え臨戦態勢に移行した。


「お、おい。待て――」

「誰が待つか……意味分かんねえ……角だぞ? ナメるとか、ナメてんのがエロいのか……? セロ、お前、キモすぎんだよ!」

「待て! 誤解だ!」


 人の業の深さが、相方との絆にくさびを打ち込もうとしていた。

 ――いや、もう打たれてしまったのかもしれなかった。

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