ニャンコフスキーとにゃんこポンダ

 飼い猫が、というより、飼いが空を睨んで鳴いた。


「ンンンナオォォォゥ」


 長い鳴き声。じっと見つめる空の一点。夕霧ゆうぎりはため息交じりにスマホを取った。

 ほどなくして。


「――よう、お前からとは珍しいな」

「…………」


 どう切り出すか迷っていると、電話口の向こうで男が吹き出した。


「なんだよ。また口の職場放棄か?」

「……だったら殴ればいい」


 笑い声が返ってきた。


か!」

「どうでもいい。にゃんこポンダが反応した。頼めるか?」


 沈黙。しばらくして男は言った。


「俺に手伝えって?」

「ああ。頼めるか」

「要件次第だな。あんたにゃ世話になってるが――」


 夕霧は男を無視してポケットから方位磁石コンパスを出した。真北をゼロ度にした三百六十度式だ。


「二百四十四度。GPS座標は――」


 位置を伝え、夕霧はバックパック式のペットキャリーを引き寄せた。嫌がるにゃんこポンダに引っ掻かれながら押し込み、ジッパーを上げる。


「移動する」


 二点から測量すれば、敵性にゃんこの位置の同定は難しくない。


 *


 クソ狭くバカ揺れるチンケな籠から解放されると、俺はまず毛色を変えた。この星に暮らす猫ともにゃんことも異なる砂曼荼羅猫の行動様式を模倣した擬態だが、なかなかどうして役立つ。

 俺はにゃんこ狩りに燃える夕霧をがんばれなーと見送り、夕闇亭なるにゃんこベースの外で待つ――と。


「よお別嬪さん。オイラとちゅーるでトバないかい?」


 商店街の裏路地からキリっとした灰色の猫が顔を出した。

 猫は幽かに首を傾げ、目を合わせてきた。


「ニャンコフスキーだ」


 美しい一鳴き。俺は本気になった。


「いまオイラの下僕がそこの店に――」


 にゃんこと付き合うつもりはない。


 ニャンコフスキーは身振りで言った。俺はできない舌打ちをしそうになった。


「知ってんのか」

「猫のフリをするなら目を養え」

「何?」

「私はもう十歳だ。ババアだよ、バカタレ」

「……マジかよ。まあいいさ。オイラからすりゃ幼じ――」

「にゃんこがいたか」


 ニャンコフスキーの視線の先に夕闇亭があった。


「ああ。さっき一人もってかれた」

「――そうか」


 言って、ふいっと尻を向けた。ピンと立った色っぽい尻尾だった。


「待つ気はない?」

「ない」


 振り向きざまに、ニャンコフスキーが一鳴きした。


「私の主人に手を出したら殺す。仲間に伝えておけ」


 俺は路地に消えていく色っぽい尻に言った。


「……オイラは家畜と社畜の味方なんだがなあ」


 損ばかりの役だ。まったく。

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