剣戟の思い出し

 一陣の風が軒先の風鈴を揺らした。

 セキサイは右足を後ろに引き、刀を下段に構えた。鍔元に残した右手を開き、また握る。獣の眼光が見据える、金糸の髪に翡翠の瞳の唐人。手に諸刃の直剣が光る。

 

「……名は」


 問うと、唐人は切っ先をこちらに向け、剣を顔の横に構えた。八相の位置。邦人ならば霞の構えと見受けるが、唐人のそれも同じだろうか。

 双方の距離は一寸に届かない。下は乾いた砂土。どちらともなく摺り足で近づく。

 

「ジョエル」


 唐人の声は不自然に硬い響きを持っていた。

 すでに半寸。


「セキサイ」

 

 応じて、セキサイは重心をやや前に傾ける。

 ジリ、ジリ、と更に一尺が詰まり、両者は石のように固まった。

 風鈴が鳴った。セキサイの背後で積まれた古桶が風に巻かれて落ちた。カサリと破れ戸が揺れた。瞬間、

 セキサイは鋭く踏み込み、直剣の切っ先を払うべく刀を振った。剣先が揺れながら引き戻され、刃は空を裂くに留まる。

 ジョエルが剣を引いた反動で腰を切る――。

 

 やはり。


 読んでいた。霞の形は防御の形。しかし受けを待つのではなく、仕掛けられた崩しをかして攻勢を狙う。セキサイの脳裏に街角で見た鋼の鎧が過る。おそらく続く攻撃は首か胴。上へ伸びていく躰を止めて刀を戻すのでは遅い。

 なれば、


「――シィッ!」

 

 息を吐き、セキサイは首を断たんとする一撃を無視して踏み込んだ。伸びた勢いそのままに。急激に詰まる間合い。ジョエルは懐を広げようと、腕を畳みながら、左の足を引いた。だが、それでも足りない。

 ジョエルが握る剣の、十字に生える鍔の先端が、体を当てるが如く寄ったセキサイのこめかみを打った。傾ぐ視界。首。セキサイは骨の悲鳴を聞きつつ、刀を担ぐようにしてジョエルの脇を切り抜けた。


 ジャリン!

 

 と、金擦れの音がした。

 双方ともに向き直り、再び構えを取った。

 ジョエルが正眼に似た位置に剣を置き、右手を離して肩を回した。陽光が、引き裂かれた衣服の下の極小の環を照らし鈍色を返した。


「……鎖帷子か」


 なぜ忘れていた。自嘲気味にセキサイは笑んだ。こめかみから垂れた血が顎を伝い、地に落ちた。

 

「イヤァ!」

 

 気合を吐きセキサイは突進する。上段に構え唐竹に打つ。躱されたが、しかし、足を止めず刃を返し切り上げ、進み、右、袈裟、突きを払われ攻防を逆する。客船で見た男女一組の舞踏に似た、死と手を取り合う圧縮された一瞬。


「やはり字数ばかりで中身がない。無駄だな!」


 やめやめ、と私は思った。 

 

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