おまえ女だったのかの変形
ここ
浮気調査のはずが獣人専門の人身売買組織に辿り着き、迷子の送り届けに隣国まで出向き、当地で人獣魔族獣人エルフと多様性の光る荒くれ五十を相手に立ち回ったあげく無給なんて悲劇もなかった。おまけに報復もない。
「しかも満腹。最高の一日だ」
セロは口元の青いソースをナプキンで拭うと、丸めて、新調したばかりの事務机(先代は先週死んだ)の上の
馴染みの店が始めた宅配メニュー。最高だった。味はもちろん、配達担当の新入りちゃんもよろしい。何より、相棒の受け取り交渉で割引してもらえたのが嬉しい。
「持つべきものは王子様な相棒だよ」
セロは両足を机に乗せ、背もたれ越しにフロウを見やる。肩口で切り揃えられた薄紫の髪。頭頂にスラリと立つ同じ色の兎耳。本を読む気品溢るる澄まし顔はユリの花の如し。
「……持つべきもの? オレを所有物だと?」
――口さえ開かなければ。
皮肉屋で、毒舌家で、耳の形に相応しい
セロは鼻で息をつく。
「言葉のアヤだよ」
「ただの人が言えば差別だ。
フロウが腰のナイフを抜いた。
「……怖えよ」
「なら――」
「はいはい、撤回しますよ」
セロはずりずりと沈みつつ小声で言った。
「――褒めてんのに」
ピクン、とフロウの右耳がこちらを向いた。
兎らしく耳聡い――。
そう納得しようとしたとき、疑問が湧いた。
「……その耳の付け根ってどうなってんの?」
「……は?」
フロウは両耳をセロに向け、眉をつり上げ、低く唸りだした。
セロは静かに席を立つ。
「ちょっと見せてみ?」
「は!?」
フロウが顔をあげるのと、セロが手を伸ばすのは、ほとんど同時だった。
「失礼しまーす」
「いや、ま――はぅあっ!」
耳に触れた瞬間、フロウは頓狂な声を上げて背筋を跳ねた。敏感な部位なのは人でも同じだ。セロは優しく手を滑らせ髪を掻き分けた。
「おお……こう繋がってんのか……」
「あ、ああ」
フロウの頬が幽かに赤く色づく。セロが両耳の付け根の間、少し盛り上がったところに触れると、
「んぁっ」
フロウは恍惚と上目向き、吐息を漏らしながら顎をあげた。
そうとは知らずセロは尋ねる。
「これ、みんなこうなん?」
「……あ、ああ……オスでもなければ――」
「は?」
セロの頓狂な声に、耳が不思議そうに角度を変えた。
「……どうした?」
「……おまえ女だったの!?」
スイ、と兎耳が後ろに傾いだ。怒った。
「――抉る」
穏やかな一日が終わった。
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