夕闇亭のにゃんこ 顛末・後

 ユウキは祈るような思いで夕闇色の商店街を歩いた。コンビニで三缶一連さんかんひとつらなりのシーチキンを買い、価値の認められない小物が並ぶショウケースの前で足を止める。

 上下二枚の曇ガラスの、取っ手の高さのところだけ透ける硝子を覗き、カウンターに寝そべるを見た。白と黒の、人の目をしていた。


「お前が、俺の目を取ったのか」


 呟き、ユウキは店に入った。足早にカウンターのに近づき、乱暴にツナ缶のパックを置いた。


「返品だ」

「……返品はできないと申したはずですが」


 相変わらず、声は俯く老婆から聞こえ、にゃんこがユウキを見上げていた。

 

「いいや。やってもらう。ツナ缶、三つ全部くれやる。戻せ」


 ユウキは缶の蓋を全部あけ、にゃんこの前に並べる。


「返せ。俺の目を返せ! うんざりだ! あんな気味の悪いもの見たくない!」

「夕闇を望まれたのは、あなた自身ですが……見たくないというのなら、ツナ缶三つ分、叶えさせていただきましょう」


 老婆が言い、にゃんこが首を垂れた。

 ユウキは咄嗟にその首を掴んだ。


「――待て。騙されるところだ。見たくない、でツナ三つ? その手に乗るか」

「誤解ですよ」


 にゃんこが窮屈そうに、くぁ、と口を開いた。


「ツナ缶ひとつですから、すぐに終わっただけです」

「……何?」

「夕闇にはご満足いただけなかったのですか?」


 ――。

 ユウキは、ぱっ、とにゃんこの首から手を離した。一瞬。一日。あるいは夕食の時間分。充足感はあった。

 まばたくユウキの目を覗き、にゃんこが言った。


「私はお望みの物を提供した」

「……余計なものまでついてきたけどな」

「では次は余計な物を見ぬように。人生で最も充実しているときを。どうでしょうか」

「……余計なものはナシだ」

「もちろんです」

「……食べろ」

「お待ちを」


 言って、にゃんこがツナ缶を食べだした。一つ。また一つ。三つ目に差し掛かったときポケットでスマホが震えた。同僚の女からのメッセージだった。


――いまドコですか 


 にゃんこが猫めいた声をあげた。思わず目をやると老婆が、


「では私の目を覗いてください」


 と言った。疲れた人のような目と、ユウキの視線が交錯した。

 スマホに新しいメッセージが届いた。


――絶対に交渉しないで下さい


 スマホをしまい踵を返した。

 にゃんこは老婆に顔を向け鳴いた。

 老婆の視線の先の、カウンター下に置かれたブラウン管モニターに、夕闇亭の扉が開く様子が写っていた。映像が揺れて上向いた。

 空だ。すっかり暗くなっていた。

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