復讐のタイムリープ

 ヴァミは素っ裸で部屋に転がっていた。右脹脛ふくらはぎの銃創からおびただしい血が流れ出ている。息をするたび折れた肋骨ろっこつが傷んだ。視界の端は黒く霞み、世界は赤く濁っていた。

 ぐちゃぐちゃになった手で床を打ち、ウジ虫のように這いずった。吐き気を催す濃い血の匂いは、自身の鼻から飛沫しぶいたのか、そこらに転がる部下の死体か。


「……ハァ、ハッ、ハァ……ア、グ……」


 ナイフで切り裂かれた背中が軋んだ。骨も壊れたかもしれない。

 自業自得――。

 そんな言葉が脳裏を過ぎった。

 だのに、躰は一握の希望を求め、床に転がる拳銃を目指した。散らばるガラス片や砕けた壁の欠片が腕に刺さった。血の帯を引き、悠々とついてくる殺意の塊を背中に感じながら、ヴァミは震える手を伸ばした。掴んだ。血反吐を垂らしながら仰向けになり、銃を構えた。


「……死ね。死にやがれ」


 ひん曲がった指をトリガーガードに入れ、唸りながら引き金を切った。

 チン、と金属質で乾いた音が鳴った。

 銃を血塗れの胸元に落とし、ヴァミは息を吐いた。


「なぜ、ここまでする」

「……復讐だ」


 殺意の塊が言った。

 ヴァミは粘液質な声をあげる。


「俺を殺しても、なにも変わらねぇぞ……」

「変わるさ」


 殺意の塊が、ヴァミに銃口を向けた。


「復讐が終わる」

 

 銃声――暗闇――


「……ハッ!」


 ヴァミは血溜まりに目覚めた。死んだ瞬間、一分前に戻れる力――タイムリープのせいで、もう二十回は死んでいた。

 銃を拾いに行くのは初めてだったが、弾が入っていないとは。

 ヴァミの口から、赤い唾液が糸を引いた。


「……復讐は何も生みやしないぞ」

「許しは何かを生むのか?」


 殺意の塊に問い返され、ヴァミは口を噤んだ。

 銃口が火を吹いた。

 暗黒。


「ぬぅぅぐあぁぁぁぁ!」

 

 ヴァミは叫んだ。脹脛に穴が開いた。耐え難い激痛に倒れると、頭がタイル張りの床で弾み、一瞬で思考がまとまらなくなった。

 ――あと何回やればいい?

 今より前に目覚めるには少しでも早く殺されなくては。

 しかし。


「……殺せ。殺すといい」


 仰向けになり、これ見よがしに下卑た笑みを浮かべるヴァミを見下ろし、殺意の塊は邪悪な笑みを浮かべて銃を下ろした。


「まだだ。もっと叫んでもらう」

「……――ッィイイイイイイ!!」


 ヴァミは自ら舌を噛んだ。噛み切ろうとした。素早く殺意の塊が覆いかぶさり、ナイフで彼の頬奥にある咬筋こうきんを切った。


「これは復讐だ。そう簡単に終わると思うなよ?」


 知ってるよ。ヴァミは心中で呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る