秋田の昼下がり

 台風過ぎてぶち抜けた青空。ヘッドホンに染み入る汗の粒。

 安木やすき貴史たかしは頭を揺すっていた。コードの先にアイフォンに『小原節おはらぶし』とある。何度聞いてもブッ飛んでる。曲目が『広きドニエプルの嵐:Live』に変わった。


「……ダッサ!!」


 未熟を吠え、ヘッドホンを投げた。死ぬほど練習した小原節でも限界だった。

 貴史は汚れたスクワイヤーを一瞥し、耳の周りの汗を拭う。

 ……次はぜってー。

 決めて、アイフォンに手を伸ばし、


「もう二時じゃん!」


 叫んだ。


かあちゃーん。メシまだー?」


 部屋を出ると、食卓に書き置きがあった。


『お昼』


 重し代わりの冷やし中華の袋が曇っていた。

 貴史はため息まじりに冷蔵庫を開け、うなだれた。

 千円札と『空だった(笑)』のメモがあった。

 キンキンに冷えた紙幣を掴み、貴史は冷蔵庫を閉じた。目に飛び込んでくるライブ後の集合写真。


「冷やし中華か……」


 貴史はスニーカーをつっかけ、灼熱に身を晒した。もちろん秒で後悔した。汗にまみれて『本格中華キエフの水』の前まで歩いた。


「おはようございます、おはようございます……」

 

 貴史は口の中で唱える。

 ――あれ? こんにちは、か?

 混乱する頭。ケロリと開いている手。


「おこんにちはす!」


 顔面気温が大気にまさった。


「らっしゃっせー……」


 ぺたし、ぺたし、とアンナさんが現れ、水とメニューを出した。


「えっと……?」

 

 困惑しながら、貴史は冷やし中華を頼んだ。最近ウワサの秋田名物だ。

 山型に盛られた黄色い麺、千切りの胡瓜きゅうり、焼豚、白髪葱しらがねぎとミニトマト。汁は茶色で甘じょっぱい――、


「これ普通の冷やし中華なんですけど!?」


 振り向くと、アンナの虚空を見つめる青い瞳に涙が溜まっていた。


「アアアアンナさん!?」


 声に振り向くアンナ。零れ落ちる真珠の粒。


「……ジョーイが、長い、長ーいツアーに行っちゃったデース……」

「だ、誰です?」


 まさか恋人? 隆史は息を詰まらせる。


「ジョーイは秋田県人メタル界の生き屍魔術手引書コープス・グリモワールデース……」

「……先生的な?」


 コクリと頷くアンナ。

 貴史は腹が立った。どこかほっとしている自分に。

 こんなに悲しんでいるのに。


「……どんな人ですか?」

「直角大回転ドラマーデース……」

「……は?」

「でも、これでジョーイも、思う存分、首を振れマース」


 ピッと涙を払い、アンナはリモコンを手にした。


「曲をかけてもいいデース?」

「え? あ、はい……」


 流されて頷くと、


 スココココココココココ!!

 

 哀悼のドラムが流れた。

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