帰れずの橋の内側

 これは、何だろう。

 コヨリは級友のアキホに手を引かれ、橋の内側へと足を踏み入れた。上は車道、その上は鉄道の高架、さらに上に高速道路の複雑な螺旋。足の下には水路が伸びている――はずが。

 音が、ない。

 赤ペンキでB7と書き込まれた歩道に入り、下がり、上がり、また下がりして、いつのまにか地下道に居、音が消えていた。

 くるり、とアキホが振り向く。


「      」


 口を開閉した。声が聞こえないのだ。

 コヨリは喉を鳴らした。ゴクンと鳴った。骨と肉が音を拾った。


「ここ、どうなってんの?」


 尋ねたが、アキホは薄く笑ったまま、口をパクパク動かしただけだった。

 また手を引かれ、仕方なく歩く。

 蛍光灯に照らされ、通路が緑がかって見えた。チカチカと点滅しているのは震動のせいだろうか。生ぬるい空気が滞留し、進むたびにアキホの背中で渦を巻き、ぶつかってくる。

 手が汗ばむのが恥ずかしく、コヨリはぐっと引き寄せた。

 アキホが一歩のけ反った。でも振り向かなかった。


「      で」


 一音だけ聞こえた。

 アキホが、見えるように息を整えた。


「手   な  」


 手……? な、で……。

 コヨリは酷い頭痛をおぼえた。


「手を離さないで?」


 コクン、と頷き、アキホが歩き出した。

 奥へ、奥へと進む。今どこらへんだろう。コヨリは目眩に耐え、首を左右に巡らせる。いつの間にか、細い鉄柵が左右にあった。隙間の向こうは暗闇で、ごく幽かに、


ゴーーーーー、


 と、水音がする。

 ああ、水路の直上なのか、とコヨリは肩越しに歩いてきた道をみやる。


「……え?」


 思わず、足を止めた。手がぬるりと滑った。離れる――と思った瞬間、強く握られた。前を向くと、アキホの後ろ頭があった。少し顎を引いていた。

 もう一度――もう一度だけ、とコヨリは背後を見る。


「……何これ」


 左右対称の通路。歩いて来たはずが、まったく見覚えのない風景。

 ぐん、と強く手を引かれ、コヨリは仕方なしに歩いた。

 やがて、頭痛が消えるのと引き換えに、忘れていた騒音が耳に戻った。気を抜けばよろめきそうな耳鳴りのなか、光の下に出ると、


「え」


 河川敷にいた。

 アキホが振り向き、汗まみれの額を拭った。


「後ろ、見てみ?」


 振り向くと、


「E、6……?」


 E6と青ペンキで書かれた、見た目には入ってきたB7とまるで同じ通路が伸びていた。アキホが明後日の方向を指差す。目をやると、


「どうなってんの、ここ……」


 遠く離れた場所に交差道路があった。

 真っ直ぐ入って、真っ直ぐ出てきたはずなのに。

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