作りすぎたいカレー

 午後いち。エアコンが日本の夏と戦うなか、空子からこは椅子の上で胡坐をかき、腕を組み、食い入るようにノートPCの画面を覗いていた。生白い手を伸ばし、マウスを滑らせ、胸の下で組み直す。

 瞑目――。

 鼻で息をつき、腕組みしたまま立ち上がり、部屋を徘徊、空気ぬけ気味バランスボールに座った。尻を徐々にスライドし、やがてブリッジに移行すると、


「やりたい!」


 目をかっぴらいて吠えた。眼鏡がずり落ちた。

 PCの画面には『没落貴族の子どもを拾ったので……』と題した小説。ネットのみの関係という一見ふしだらに聞こえなくもない知人の書いた、お姉さんが近所の子どもを餌付けしちゃう系である。


「……やってみたい」


 祈りを込めて空子は呟く。


「断っておくが、物理的にやりたいわけではない……ただ、同じネタの小説を書いてみたくなっただけだ。実体験があると捗る。そうだろう?」


 今朝、空子が起きる前に出ていった友人の残り香に言った。クールでセクシー。男っ気ねぇくせに高っけぇ香水つかってんなと思いつつ、躰を起こ――そうとして腹筋が軋んだので横に転がり落ちた。両手両膝を地につく挫折のヨガ。


「負けるかぁ!」

 

 ガバと立ち、赤くなった膝小僧を撫でつつ、空子は冷蔵庫と対峙する。

 足を肩幅に広げ、腕を組み、顎を引き、脳内でデンドンデンドンデンドンデンドンと太鼓を鳴らして思案する。


 何を、作りすぎる。


 マンションのお隣さん方を検索。

 正面。旦那さんフツー、奥さん面識なし、上は委員長みのある小六女児、下は挨拶の元気な小二男児――却下。

 向こう正面の老夫婦は二人暮らし――却下。

 角を曲がったトコのさだまさしな旦那さんは奥さんゾッコン――却下。


「作りすぎる相手がいない!?」


 くわと目を開き空子は叫んだ。なんか、ふわふわ髪の美少年とかそこらに落ちてないものか。無理か。というか、あのタイプ警戒心強いからキツいか? いたとして何を作りすぎる。


「アテクシ、ラタトゥイユを作りすぎましたの♪」


 声を作った瞬間、


 ありゃ南フランスの芋煮だは。


 カカカッと、今はいない友人の笑い声の幻聴がした。

 じゃ、ヤンチャ系にすっか? と空子は思う。アレは警戒心も薄そうだ。


「見てろよクソガキ、エロいねーさんが餌付けしてやる!」


 吠え、冷蔵庫を開けた。


「ククク……カレーか……作りすぎるにはもってこいだな……」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、空子は作業に取り掛かり――、

 二時間後。


「あ、夏美? ちょっと肉じゃが作りすぎて……」

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