蹴鞠歌

「いかーん! ダメだーぁ!」


 叫ぶなり、いそいそとノートPCを前方に押し出して、

ゴン、

 と空子からこはテーブルに突っ伏した。画面は真っ白――いや、開いたエディタに文字が打ち込まれていないだけだ。


「大丈夫かぁ? なんか手伝うぅ?」


 いきなり遊びに来て、許可なしに冷蔵庫のビールに手をつけ、無断でヨモギボーに横になった友人の、夏美が言った。心配する気も手伝うつもりもなく、そもそも顔すら向けていない。


「何も思い浮かばん」


 空子は幽鬼の如く躰を起こし、白魚の遊泳を思わせる手付きで卓上の缶を持ち、軽さに気づいて下ろした。


「――最初はね? 手毬歌でホラーを書こうと思ったんよ」


 目だけ動かし、眼鏡フレーム越しに夏美の様子を窺う。ヨモギ棒に寝そべり謎雑誌を読みつつ組んだ足を揺らしている。素足だ。ビールと言っても動かないだろう。そういう女だ。


「手毬唄でホラーってありきたりじゃん? ベタじゃん? 私はほら、ベタを求められてるわけじゃないじゃん?」

「自分が求められてない可能性には言及せんのかい」

 

 空き缶ぶん投げたろーかと思った。しかし踏みとどまる。知ってる。夏美はそういう女だ。


「――だから、手毬じゃなくて蹴鞠にしようと思ったわけ」

「ほう。四本懸しほんかかりで、やあ、あり、とう、かい」

「……なにそれ?」

「知らんで書こうという蛮勇はすげぇね」


 カッカッカッ、と笑い、夏美はビールを口に運んだ。そういう女だ。

 決して顔を向けるものかと意地を張りつつ、空子は重ねる。


「で、蹴鞠歌を考えようと」

「語るねえ、自分を」

「……したら頭に浮かんで離れんのよ」

「なにがぁ」


 ズズズ、と夏美がビールを啜った瞬間、


「ダッシュ、ダーッシュ、ダッシュ」


 ブゴフ! と夏美が吹き出した。

 ざまーみろ。空子が得意になって躰を揺らしていると、


「それにつけても、あたしら何なの、って?」


 クツクツと笑いつつ、夏美は濡れた雑誌をTシャツで拭った。のそり、のそり、と躰を揺すって起き上がる。


「はー、笑った。拭くものある?」

「台所」

「キッチンな」


 背後を抜けた気配に空子は言う。


「私のビールも」

「あいよお」


 カコン、とマウスの脇に置き、夏美が空子の肩に顎を置く。


「白っ」

「……書けんちゅうたろうが」

「嘘つけぇ。格好つけてないで、さっさと書きなよ」


 うるせー、と空子がビールに手を伸ばすと、夏美がプルタブを引き開けた。


「……何しにきたよ、オメーは」

「邪魔」

 

 画面に片笑みを映り込ませ、夏美はヨモギ棒に戻った。

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