ミンキー・カーン

「……俺、年の離れた従姉妹がいるって言ったじゃん?」


 部活帰り、乗るはずだったバスの尻を見送って、ベンチに座ったときだった。


「……初めて聞いた。いくつ? 可愛い?」

「いや五歳だから。まだ園児だから」

「可愛いは可愛いでも意味が違うパターン」

「……お前フケすぎじゃね?」


 失礼なと思いつつ、僕は水筒を出した。学校を出る前に水を入れておいたのだ。でも、ぬるく、極限まで薄まったスポーツドリンクの残り香に腹が立った。


「で、その子が?」

「俺の叔父さん、ガノタ? で」

「なにそれ」

「東京だとガンダムオタクはそういうらしい」

「へえ」


 僕はバス停の時刻表を見た。


「……今何時?」

「ちょい待ち」


 友人はスマートフォンを取り出した。


「十七時三十一分」


 まだ二十分はある。

 僕は水筒の中の限りなく水に近いスポドリを諦め、尋ねた。


「で、その子がどうしたの」

「え? ああ……今度こっち来ることになって」

「へえ」

「どんな子って聞いたら、ミンキー・モモみたいな子って」

「……なにそれ」


 語感からして、


「魔法少女?」

「あ、うん。こういうので」

「……なんだっけ、こういうの。レトロ?」

「けど」


 友人はため息をついた。


「親父はハマーン・カーンみたいな子だって」

「なんそれ」

「こういうの」

「……ん!?」


 ピンクの、肩にかかるくらいの長さの髪を、箒の先みたいに広げている。


「えっと、さっきのは?」

「ミンキー・モモはこれ」

「うん」

「ハマーン・カーンはこれ」

「……うん」


 これは、あれだ。友人のお父さんと叔父さん連合と、お母さん叔母さん連合で、意見のソーイがあるやつだ。

 僕は早くバス来ないかなと思いながら聞いた。


「で? それがどうかしたか?」

「お前はどっちだと思うって聞かれて」

「……女の子だし、ミンキー・モモ? でいいんじゃね?」

「けど、そうもいかなくて」

「なんで」

「叔父さんが、アニメ見せたらセリフ覚えたって」

「へえ」


 まあ五歳くらいの子はそうだ。僕も――、


「……どんな台詞?」

「俗物! って」

「怖っ」

「……五歳って大事じゃん?」


 分かる、と僕は身につまされる思いで頷いた。


「だから叔母さんはミンキー・モモ見せて」

「うわあ」

「魔法の呪文ってのがあって」

「う、うん……」


 嫌な未来しか見えない。


「アダルトタッチで、俗物になれーって」

「……うん」

「俺、どうしたらいい?」

「……今のアニメ見せとかないと孤立するよって、そう言っときな」


 僕は身につまされる思いで言った。バスはまだ来ない。

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