生きている

「頑張ったね! 貴史たかし!」


 母が、貴史の背中を叩きながら言った。


「ブラックサバズのオジー・オジボーンみたいだったよ!」


 貴史は目に映る風景が揺れまくるなか答える。


「……カーちゃん……ブラックサバスだよ……」

「ホント、立派になって!」


 母のまなじりに光るものがあった。


「……あと、オジーはボーカルだよ……」

「ホント、オジーみたいでカッコよかったよ!!」


 聞けよ、と貴史は思った。我が意に反して震え続ける両手に舌打ちし、肩越しに振り向く。

 青と白のインチキ臭い祭り舞台に、ボーカルの真知夫まちおさんと『コペンハー軒』オーナー、『本格中華キエフの水』のアンナがいる。

 まだ終わってねえと陽炎を立てていた。

 ガチ秋田の民謡、長唄をメタルに仕立て直し、息継ぎMCなしに一時間も演奏やって、まだ行こうとしていた。

 

「あの人、バケモンだろ……」


 誰に言うでもなく、貴史は呟く。

 頭おかしい。

 愉しめばいいデースと言ってくれたのはアンナさんだけで、コペンハー軒店長はギターの寿命はレベルと反比例するとか言うし、雨の日にボーカルになった真知夫まちおさんは相談しても『死んでも音は残るし』とか綺麗な笑顔で狂ったことを言った。


「カーちゃん……俺、死ぬかも……」

 

 ぽつぽつと、アスファルトが色を変えた。

 母は眉をぐにょりと寄せた。


「そんなの、しょーがないじゃない!」

「……は?」


 予想とも期待とも違う返答だったが、母は当然とばかりに続けた。


「人間いつか死んじゃうのよ!? 今やんないでどうするの!」


 そりゃ、そうだろうけども、と貴史は口を開く。しぼみきった肺が傷んだ。


「ほらほらほらほら! アンコールしてるよ!」


 言われるまま首を振ったが、即席の舞台に集う近隣の皆々様は、特に理解している風でもなく手を叩いていた。

 ポキリ、と胸の奥で何かが折れる音がした。


「……最後は、秋田キエフの、広きドニエプルの嵐デース……」

 

 ふぁーん、とスピーカーをひずませ、汗で黒い涙を流し、アンナが言った。

 なんそれ、と貴史は思った。しかし、バンマスが言うなら仕方ない。震える手をネックに添えて、母に親指を立て、舞台に戻った。


「……コードは?」


 練習以上はでない。分かりきってる。

 アンナさんはタカタカとドラムを鳴らしスティックを握り直した。


「捕まってればOKデース」


 目をやると、真知夫さんが舌を出して笑っていた。ベースも虚空を見つめている。

 貴史は即席舞台の下を睨み回した。

 いつかどこかで見た奴が、今から泣きますって顔でいた。

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