秋田民謡、小原節

 まだ梅雨は明けないのか。いや、もう明けたのに降っているのか。

 ざあざあと、駐輪場のトタンをやたらめったら叩いている。


「なーにが音楽性の違いだよ。……クソが!」


 雨音の激しさを言い訳に、安木やすき貴史たかしは世界に吠えた。十七歳。受験を考えると今年の文化祭がラストだった。夏休みに倒れるまで練習して、ビールなんか飲んじゃったりして、体育館の舞台で飛び跳ねて――ささやかな夢があった。

 貴史は黒いエレキを引き寄せ、べろん、と鳴らした。スクワイヤーのストラト風味。三万ちょっと。コロナが悪い。

 べろん、と鳴らした。メンバーの楽器はちゃんとしてた。ギターがしょぼいと嘲笑われる。でも可哀想だし、音楽性と言っとこう。


「……クビって言えよ」


 もう、新しいギターがいた。べろん、と鳴らすと、


「貴史! 入るからね!」


 ダメと言う暇もない。母は部屋に侵入していて、一枚のチラシを突き出していた。


「商店街の子が困ってるのよ!」

「はあ?」


 貴史はチラシをちら見する。

 夏祭り前の町内会だより。その片隅。


『出し物で秋田民謡やるデース! Gt、Vo、探してマス!』


 頭を下げる女の子のイラストつき。『本格中華キエフの水』のアンナが出したメンバー募集だ。


「貴史ギターできるから」

「……は!? 俺、民謡とか――!」

「助けてあげなさい! カンパしてあげたじゃない! 困ってるのよ!?」

「ん、ん、んなこと言ったって!」


 あのヒト美人すぎてビビるんだって――なんて、言えるわけがない。

 母親はフンスと鼻息をつく。


「電話しちゃったから、早く!」

「――はあ!? 何勝手に――」

「いいから! ほらほらほらほら!」


 追い立てられた貴史は、空と同じ曇天模様で指定のガレージに入った。


「こ、こんちゃーす」


 小さな声に、


「ハイ! 待ってたデース!」

「――は?」


 秋田美人のアンナさんは両腕に無数の文字列を刻み、目元を黒塗りしていた。

 アンナが、カラカラ笑った。


「シールデース! 心配ないデース! あっちは――」

「――!?」


 名前など聞き取れなかった。日本人とは思えない汗だくの大男が、一目で分かるゴツイベースを抱えていた。


「――ジャ、どんな感じか聞いてクダサーイ」

「え、あ、はい」


 ちょこん、と貴史が座ると、アンナは唇を舐め、ドラムスティックを握り、


「Hahhhhhhhhhhhh!!]

 

 スココココココココココココ!! と高速で叩き始めた。

 渡された楽譜には、手書きで『秋田民謡小原節』と書いてあった。

 夢が、目の前に現れた。

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