秋田民謡、小原節
まだ梅雨は明けないのか。いや、もう明けたのに降っているのか。
ざあざあと、駐輪場のトタンをやたらめったら叩いている。
「なーにが音楽性の違いだよ。……クソが!」
雨音の激しさを言い訳に、
貴史は黒いエレキを引き寄せ、べろん、と鳴らした。スクワイヤーのストラト風味。三万ちょっと。コロナが悪い。
べろん、と鳴らした。メンバーの楽器はちゃんとしてた。ギターがしょぼいと嘲笑われる。でも可哀想だし、音楽性と言っとこう。
「……クビって言えよ」
もう、新しいギターがいた。べろん、と鳴らすと、
「貴史! 入るからね!」
ダメと言う暇もない。母は部屋に侵入していて、一枚のチラシを突き出していた。
「商店街の子が困ってるのよ!」
「はあ?」
貴史はチラシをちら見する。
夏祭り前の町内会だより。その片隅。
『出し物で秋田民謡やるデース! Gt、Vo、探して
頭を下げる女の子のイラストつき。『本格中華キエフの水』のアンナが出したメンバー募集だ。
「貴史ギターできるから」
「……は!? 俺、民謡とか――!」
「助けてあげなさい! カンパしてあげたじゃない! 困ってるのよ!?」
「ん、ん、んなこと言ったって!」
あのヒト美人すぎてビビるんだって――なんて、言えるわけがない。
母親はフンスと鼻息をつく。
「電話しちゃったから、早く!」
「――はあ!? 何勝手に――」
「いいから! ほらほらほらほら!」
追い立てられた貴史は、空と同じ曇天模様で指定のガレージに入った。
「こ、こんちゃーす」
小さな声に、
「ハイ! 待ってたデース!」
「――は?」
秋田美人のアンナさんは両腕に無数の文字列を刻み、目元を黒塗りしていた。
アンナが、カラカラ笑った。
「シールデース! 心配ないデース! あっちは――」
「――!?」
名前など聞き取れなかった。日本人とは思えない汗だくの大男が、一目で分かるゴツイベースを抱えていた。
「――ジャ、どんな感じか聞いてクダサーイ」
「え、あ、はい」
ちょこん、と貴史が座ると、アンナは唇を舐め、ドラムスティックを握り、
「Hahhhhhhhhhhhh!!]
スココココココココココココ!! と高速で叩き始めた。
渡された楽譜には、手書きで『秋田民謡小原節』と書いてあった。
夢が、目の前に現れた。
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