ファームレイズドハギス

 近藤こんどうは店のガラス扉に『休憩中』の札を下げ、背筋をメキメキ軋らせた。昼頃、一本あたり百四十八ニュートンの質量を持つ『ごっつ重いカラス口』を納入したとき、腰を痛めたらしい。

 いつも世話になっている生乾き物屋の店主マスターの頼みとあらばと引き受けたが、寄る年波は防御ディフェンス巧者だ。


「……一杯やるか」


 近藤は画面の向こうのあなたに説明するように呟き、腰を叩いた。とはいえ、商店街は酒類提供禁止の煽りを受け、禁酒法時代のアメリカもかくやである。

『ケバブ食べようよ』のメフメトさんの白いボルサリーノハットに対抗し、近藤も黒地に赤ストライプのサスペンダーを着けているが、人種の差なのか彼ほどキマらない。悔しい。

 悔しいので、断じてそっちには行ってやるものか、と近藤は『ブラスリー ル・コルビジェ』の四方形の幾何学的連続と重なりで表現された扉を押した。ヤマハのCWB-MMカウベルが短く来店を告げ、


「……げぇっ!?」


 オーナーシェフのサン=   ・みなみが怯えた様子で後退り、尻に突かれて椅子が悲鳴をあげた。


「……準備中でしたか?」

「いいいいいいいえ! そそそそそんなことは!」


 狼狽する南の傍、丸っこい何かが皿に載っている。


「新作メニューですか?」


 南がパラパラダンスを思わせる動きで皿の上の何かを隠そうとした。無論、丸見えなので、近藤は席についた。


「なんです? これ」

「はわわわわわわ」

「食べてみても?」

「ひえぇぇぇぇぇぇ……」

 

 了承と取り、近藤はナイフとフォークを丸いのに突き立てた。

 ぶつり、と奇妙な包が破れ、


「……ウッ……!」


 みっちり詰め込まれていた茶褐色の挽き肉が崩れ、独特な臭いが鼻を刺す。

 近藤は顔をしかめながら少し口に運んで、


「……Oh……」


 頭を抱えた。

 南が、申し訳無さそうに言った。


「……ハギスです……」

「ハギス?」

「羊の胃袋に詰め物を入れて煮たりするとされている、スコットランド料理です」

「スコットランドって」


 愕然とする近藤を拝むように、南が両手をすり合わせる。


「フランス居酒屋で例の国がらみの物を出してるなんて知れたら業界で生きていけません! 見なかったことにしていただけませんか!?」

「そりゃ構いませんが……」

 

 大変そうだなと思いつつ、はてと近藤は首を傾げる。同じ商店街の同志だ。そこまで慌てるか?


「他にも何か隠してませんか?」

「はわわ……」

 

 南はしょんぼりした。


「……実はそれ、密輸入した野生のハギスを養殖した奴なんです……」

   

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