ギャクヨミ
たまには変な小説を書いてみようか。
振り返ってみれば、マトモな小説ばかり書いてきたのだ。
エンタメ小説というのは起承転結だとか序破急だとかがしっかりしていて、読んだ後にはすっきりしたり暗くなったり、そうさせようとしている。作者というより読者に向いている。
俺はマグカップを置いた。深夜に淹れたコーヒーは、香りによる安らぎよりもむしろ熱さによる痛みをおぼえさせた。
「新しいの、独創的なの、なんて言ってもね」
キーボードに乗せた手がどうしても動いてくれない。やる気がどこかに隠れてしまったのか。いつものことではあるけれど、いつもそうだから困ってしまう。
ついつい手を伸ばしてしまった本をポイと後ろに放り捨て、俺はパソコンの画面を注視する。
「なーんかこう、普通なんだよなあ」
書きかけの小説は、いつかどこかで見たあらすじで、いつかどこかで聞いたことを言い、いつかどこかにあった話の焼き直しに見える。
あれこれ手を尽くしたつもりでも、評価シートの言葉が刺さる。
『非常によく書けていますが、あなたの作品ならではと言える要素が、なにかひとつでもあれば、よりよい作品になるかと思います』
「オリジナリティ……新奇性……はあぁぁぁぁぁぁぁ……」
腹の底で膨らみ続けるため息。諦念。やってやるぞと思うのも、段々とキツくなってくる。
向いてないよと、俺の中の俺が言う。
「なんでこんなコトしてるんだろ」
ついつい、口から出てしまう。
天気が悪いせいなのか、酒が入っているせいか、東京ヤクルトスワローズが逆転できない程度に追いすがって負けちゃったからなのだろうか。
内容が全然、入ってこない。
コーヒーメーカーの立てるデスヴォイスじみたゴボゴボ音を聞きつつ、俺は手元にあった小説を開いた。
日はまた昇る。アーネスト・ヘミングウェイ。俺の好きな作家だ。
視界の端にいつもいる。
「次の締切はいつだっけか? 間に合うのかー? これはー」
物語は佳境に……差し掛かってすらいない。出だしの文章で躓いてしまった。なのに今日の進捗状況は最悪に近い。
筋は出来てる。キャラもある。
俺はグーグルメールを閉じた。
「評価シートとか……どこの見ても同じだろ」
眠気に負けてる場合じゃない。深夜に飲むのは避けてきたが、ここはコーヒーを淹れよう。酒を入れたのは失敗だった。
「またそれ……そんな普通か? 俺の小説ぅ……」
何ヶ月か前、公募に出した小説の、評価シートだった。
メールがきていた。
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