怪談:四、六、三のゲッツー崩れ

 朝、日ハムの内野なみに忙しいなか用意してやった朝食を、弟のサイは不貞腐れた顔でつついていた。


「おうおうおうおう弟くん、朝からどうした? 姉ちゃんの愛情たっぷりセブンプレミムベーコンは口に合いませんってか?」

 

 サイはぶっきらぼうに言った。


「昨日の夜タバコ買いに行ったんだけど」

「あれアンタ!? やめろよ! 姉ちゃんチビりかけたじゃん! 布団で小兎みたいにプルプルなったよ!」

「熊じゃなくて?」

「スプーン刺すぞコラ」

「箸じゃん。怖ぇよ」


 がぶり、とスイはトーストに齧り付く。


「てかタバコやめな。バイト代燃やして何が楽しいんさ。『ほうら明るくなったろう?』じゃねえよ」

「聞く気ある?」

「札ド上段より貴重な朝の時間を費やしてやってんじゃん」

「……だから、夜さ――」


 サイは言う。

 午前二時頃、小雨のなか駅前でラッキーストライクを買い、唇に挟み、やっぱやめよと戻したとき。


「前に女の人が歩いてて」

「……え、何? 怖い話?」

「ちょっと違う」

「ちょっとかよ」

 

 嫌な予感がした。追い抜こうにも何故か距離が縮まらない。ヤバい。と思った瞬間、女が肩越しに振り向いた。


「……で?」

 

 スイはマグカップを両手で包み持った。


「嫌だな、嫌だなーって思いながらさ」


 稲川淳二の口ぶりを真似てサイが言った。


「四六三のダブルプレーの動きしたらダッシュで逃げやがった」


 心外そうな弟に、スイは肩を落とした。


「当たり前じゃん」

「どこが!? 姉貴ならサードやってくれるじゃん!」

「はあ!? 四六三でサード何すんの!?」

「姉貴なら直前ファンブルしたサードみたいにガッツポするよ!」

「勝手にパワーAミートEにすんな! アンタいっつもそうだよね!? 姉ちゃん内外野いける左キラーがいいって言ってんのに!」


 サイはぶぅとむくれた。


「てか逃げんのに何で深夜に帰んの」

「何か理由があんでしょ。アンタ男なんだから――」

「はー、出た。またそれ」

「分かるけども」

「もう襲ってやろうか」

「やめろ!? この歳で犯罪者の姉とか洒落にならん!」

「姉貴、時間いいの?」

「え? あ、クソ! 送球難の弟なんかに付き合ったせいで!」


 ドタバタ出ていくスイを見送り、サイはコーヒーを啜った。


 ――後日。


「うわ、まただ」

 

 サイはため息交じりに四六三のショートを真似た。


「セーフ」

 

 聞こえた声に、サイは驚き振り向く。

 赤ら顔の男が両手を水平に広げていた。


「握り直しちゃだめだぁ」

「……ヒッ」


 サイは傘を投げ捨て駆け出した。

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