罪作り

 嘘つきは罪だと言っても、それで死んだら意味ねえだろ。

 カイは汗で貼り付く赤髪をかきあげ、ソファーに寝転んだ。

 天井でシーリングファンの大柄な羽が回っている。煙草に火をつけると、吹いた煙はすぐ散った。

 いつもは飛んでくる嫌味な声も今日に限ってはない。見れば、ヨウは姿勢正しく事務机につき、カバーを引っ剥がした文庫本を読んでいた。


「……なあ」


 返事はない。銀縁の眼鏡を押し上げた以外には。


「なあ。聞こえてんだろ?」

「……なんだ」

「正直者に嘘を吐かせたかったら、お前どうする?」

「殴る」


 カイは苦笑した。


「暴力はナシ」

「身内をさらう」

「おい?」

「暴力は使ってない」

「頭良さそうな眼鏡が泣くぞ?」

「眼鏡は泣かん。知性とも――」

「児童の眼鏡がんきょう使用率は進学率とともに上昇中」

 

 ヨウはページを捲った。


「進学に知性はいらないし、進学と眼鏡は因果が逆だ」

「というと?」

「バカか。眼鏡をかけてるから進学するんじゃない。進学のために――」

「意外とちゃんと答えてくれんね」

「……殴るぞ?」

「やってみろ、バーカ」


 肌と、シャツと、革張りのソファーと。汗がどうにも気持ち悪い。こういうときに悪いのは、肌か、ソファーか、間にいるシャツなのか。


「そんで? 考える時間はあったろ? 正直者に嘘を吐かせるにはどうしたらいい? もちろん、暴力はナシで」

「……どうだろうな。心を折るか」


 ヨウが文庫本を閉じた。

 カイの指の間で、伸びすぎた煙草の灰が崩れて落ちた。


「善人を減らすのは嫌だ。傷つけるのも」

「嫌だと言われてもな。嘘つきが罪ならどうしたって増えるだろ」

「……たとえば、悪人が増えたらどうだ?」

「何が言いたい」


 ヨウは眼鏡を外し、目頭を揉んだ。


「世界に人が二人しかないないなら、どちらかは悪人だ」

「善人を増やしたければ善人を減らせばいい?」

「絶対数は一人減るけど、。だろ?」

「おい、カイ」


 ヨウは目を瞑り顎を上げた。


「正気か? やりたいようにやらせとけばいいだろ」

「俺は嫌だ」

「じゃあどうする」

「あの子の本当を嘘にする」

「大勢、死ぬぞ」

「善人を増やせる」

「悪人もな」

「そっちの絶対数は少ない」

「……俺たちだけだからな」


 ヨウは深くため息をつき、文庫本を屑籠に叩き込んだ。

 そうこなくちゃ、とカイは躰を起こす。


「何を読んでたんだ?」

「ラッセル」

「似合わねえの」

「捨てるのは五度目だ」

「じゃ、世界の方を変えますか」


 ――あの子のために。

 

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