とってもポール

「さて、みなさん!」


 担任の松永まつなが先生が言った。


「みなさんは今年で卒業です! ……がー?」


 盛り上げたいのか教壇に手をつき、巨神兵みたいだった。


「みんなで学校の思い出をつくりたいのです!」


 勝手にやればと言える空気じゃない。

 学級委員のレイバンが挙手した。いつもレイバンのティアドロップを掛けていた。


「何を作るんですか?」


 思い出だべ、と僕は思った。まあ具体的には分からないけど。

 松永先生はうんうん頷きながら言う。


「みんなでとってもポールを作ります!」


 教室がざわついた。そりゃそうだ。

 

 とってもポールって、何。


 たぶん誰しもが思ってた。


「うんうん。分かりますよ? 先生もね、職員会議で言いました。今どきを生きる君たちにとってもポールって、って」


 松永先生は手を振り足を振りたまに頭まで振っていた。


「……とってもポールって何だぬ?」


 ぬ? 声の方を見ると、真円に限りなく近い丸メガネが異常に似合うバカ女ハカセだった。女子グループがハカセと呼んでいたから男子も合わせたが、バカなのは看破されていた。

 松永先生が、よく聞いてくれたと教壇を叩いた。


「とってもポールはみんなだけのものなの。だから頑張ろう!?」


 何を。僕の疑問と怒りを察して、レイバンがすっと手を挙げた。


「どこで調べられますか?」


 違ぇよ。僕のツッコミは混乱うずまくクラスの大気に飲まれ、窓際のハム助が回す回し車に飛び込んだ。意味分かんないけど僕も分からない。でもたしかに僕のツッコミはそこにあったんだ。

 そのとき僕らに欠けていたのはポールが何かだった。

 みんなで手分けして調べ、さすがにポールさんを作るのは法令違反だろうし、北極や南極は難しいとなった。


「まあ、ポールだよな」


 レイバンが言った。つまり柱というか、棒だ。

 でも、ただの棒だととってもポールじゃなかった。旗をつけたらどうかと提案したのは女子グループだった。言い出した人がやるのがクラスルールだ。

 

「……JCQって何?」

 

 僕が聞くと、ハカセ率いる女子軍団が声を揃えた。


「ジャクリーン・コレクション・カルテットだぬ!」


 ぬ? 意味も分からないまま、僕が旗を掲揚すると、


「んー……とってもフラッグかなあ」


 松永先生の無慈悲な苦笑。僕は首を捻った。

 ――捻る?

 

「じゃあ、あれだ」


 僕の声に皆が振り向いた。

 そうして、僕らのとってもポールは螺旋を描くトリコロールに塗られた。

 僕のツッコミは、まだハム助の回し車の中に転がっている。

 

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