師弟

「お師様のほっぺをぷにょらせて頂きたいのですが」

「……なんだと?」


 王宮務めの特級十割蕎麦とっきゅうとわりそば鑑定士かんていしメルフォは、三番弟子の言葉に我が耳を疑った。


「ナナナ。お前は自分が何を言っているのか理解しているのか?」

もちのロンです、お師匠様」


 一翻いーはん。三番弟子ナナナは決然と言う。


「以前から、お師様の和蘭海芋オランダカイウのようなスラっとしたお顔を拝見するたびに、ほっぺたぷにょりたいなと」

「……お前は普段そんな目で私を見ていたのか」


 出された蕎麦が特級十割であるか神経を注ぎ啜る私の頬を。

 どやしつけてやろうか。だが、一年もたずに一番と二番が行方をくらました今、三番まで潰れたとあらば沽券こけんに関わる。頭ごなしに叱るより理由を尋ねるべきだろう。


「私の頬に触れたいというなら、まず理由わけを話せ」

「触れたいのではありません」

「……なに?」


 思わず目をやると、ナナナは不敵に笑んでいた。


「ぷにょりたいのです。ほっぺたを」

「理由を話せと言ったつもりだが。たとえば、そう――特級十割の――」

「ぷにょかなって」

「……そうか」


 甘やかしすぎたか。メルフォは目頭を揉んだ。ナナナの、散歩を期待する子犬のような気配に悪意は感じられない。受け入れるか。舐められるのでは。物理的にも――


「それはないか」

「なんです?」

「いや」

 

 メルフォは細く長く息を吐き、ナナナと向かい合った。


「……許可しよう」

「では早速」


 遠慮なしに伸びてきた手に、メルフォは思わず仰け反った。


「……お師様?」

「……いや、うん。少し待て」


 ほとんど同時に両者は元の位置に戻った。じっと見つめ合い、自分は何をしているのだろうかと内心に呟き、メルフォは長い睫毛を下ろす。

 スッと気配が寄ってきた。はっしと掴むと、細い手首の感触があった。


「…………」

「うん。分かっている」

 

 頬が熱を帯びた。瞼を持ち上げると、やけに真剣な目をした子犬――三番弟子がいた。メルフォはぐっと喉を鳴らした。カラカラに乾いていた。

 この息苦しさは何だ。

 特級十割を啜るときより緊張する。

 メルフォは一度、胸に手を置き、深く呼吸した。両手を背中に回して指を絡める。


「こい。ナナナ」

「参ります」


 強ばる躰。近づいてくる圧力。メルフォは固く目を瞑った。


ぷにょり。


 思わず、背筋が跳ねた。


「……これが特級十割の肌触り……」

「……ふぁになに?」


 メルフォはナナナの手を払い除け、自らの両頬をぷにょった。

 これは――

 

「嘘です」


 しばいてやろうかと思った。

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