比喩・形容詞・副詞・代名詞・接続詞・オノマトペ・体言止め・倒置法を排した夕食のひととき
「ブローチ買ったんですか」
「ユーチューブ見て作ったんです」
「見ただけでできるなんて器用ねえ」
聞こえてきた声音に空子は身震いした。汗で額に髪がはりつく。左手の親指の付け根を押し当て、トートバッグを担ぎ直した。日の当たる陸橋は避け、地下道を降りていく。スニーカーのゴム底がすり減った階段と擦れて鳴った。
赤錆の浮いた自転車に乗る老人が、前輪を左右にくねらせながらやってきた。空子は顔を背けた。
階段を登り、商店街を抜け、スーパーに入った。買い物かごを取り、手の消毒をし、買い出しの主婦や、菓子を探す学生や、暇つぶしの老人を避け、小松菜を手に取った。百九十八円だった。空子は鼻で息をついた。
ニンニクを見て頷き、納豆に瞬き、豆腐を目にして天井を仰いだ。蜘蛛の巣ひとつなかった。二枚で二百九十八円の鯖を一瞥して鮮魚コーナーを立ち去り、精肉コーナーに行った。二パック六百八十円の日ではなかった。
空子はかごを持ち替え、トートバッグの肩紐をかけ直し、豚バラ肉のパックを取った。二十パーセントオフのシールがついていた。虚空を見つめ、鼻で息をつき、カゴに入れた。味噌や醤油や食用油やスパイスや即席スープや煎り胡麻やトマトソースの缶を横目に棚の間を抜け、ワゴンの惣菜パンに喉を鳴らし、首を左右に振って会計待ちの列に並んだ。
「Tポイントカードどうぞー」
「持ってないです」
顔を伏せ、空子は現金で会計を済ませた。トートバッグを担ぎ直し、店を出た。子どもや親はいなかった。
フライパンに油を引き、ニンニクに火を入れ、豚バラ肉と小松菜を炒める。冷蔵庫から缶ビールを出して、皿と一緒にローテーブルに置いた。
空子はマウスを
鼻で息をつき、唇の片端を吊った。
空子は書きかけの小説を読み直しながら箸を取った。
ビールの缶に、水玉が浮いていた。
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