第一回日本マナー道選手権大会
モニターに、アクリル板を挟んで並び座る、アナウンサー風の男と清潔感しか感じられない中年男性が、映っている。
「……マナー。それは日本人の美徳。マナー。それは困難な時代を生きる人々の指針となるもの。しかし一口にマナーと言っても正解は常に異なります。いったいなにが正解か。どれが一番正しいのか。議論を重ねても結論は出ません」
『なら、試合で白黒つければいいじゃない』
「現代人が待ち望んでいたその日が来ました。第一回日本マナー道選手権大会が今日この日ホテル・マラカス一階カフェーフランブランで始まろうとしています! 放送はコンプラ遵守チャンネル、実況はわたくし佐藤、解説は大会スポンサーでもあらせられます『羽ばたける夢のカタチ』失礼クリエイション
佐藤は馬骨に会釈した。と同時。
「佐藤さん。アクリル板がある場合はマスクの正面をつまんで下げて口を見せながら会釈しないとマナー違反ですよ」
言って、馬骨は手本とばかりにマスクをずらし白すぎる歯を見せつつ前方に十度ほど躰を傾けた。〇.五秒の静止。上体を起こすと同時にマスクを戻す。
佐藤はマスク越しでも分かる苦笑いを浮かべた。
「……はい。私さっそく指摘されてしまいました。やはりコロナ時代と言いますかこのような時代のマナーというのは難しいですね馬骨さん」
「はい。日々とても多くの失礼が生まれています。我々も日々マナーアップデートしておかないと、昨日までのバッドマナーが今日はグッドマナーかもしれませんし、もはやコロナ時代というよりマナー時代ですね」
「失礼ですが馬骨さん。グッドマナーというのは……」
「はい。マナー道選手権大会マナーでは良いマナーをグッドマナー、悪いマナーをバッドマナーと言うんですね」
「なるほどぉ、分かりやすいですね」
「グッドマナー」
「……失礼しました」
「バッドマナー。謝罪の際はマスクずらさないと」
佐藤は苦虫を噛み潰したような顔を中継モニターに向け、言った。
「選手入場の時間です」
「一人目バッドマナーですね」
「おっと。どうしましたか」
「ホテル内オープンエントランス方式の喫茶店が会場ですからマスクは白から濃くても薄灰色の不織布でないといけません。医療用の青いマスクはお店の方に恐怖感を与えますし、外から見たお客様がこのお店は病院かしらと――」
つづぬ。
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