ガイセンシャ

「なっつかしいな」

 尾崎おさきが口にしたのは、そんな感想だった。駅舎の窓ガラスが揺れる轟音で騒ぎ立てながらロータリーを駆け抜けていった、旭日旗ペイントつき二階建てバスを思わせる緑の車を見ての感想だ。

 街宣車だ。

 頭山かしらやまは怪訝そうに街宣車のテールランプと尾崎の顔を見比べ、言った。

「入ってたのか」

 尾崎は一瞬ぎょっと顔をしかめ、すぐ両手を左右に振った。アニメのおっとり系美少女キャラクターが恋の話を振られて否定するような仕草だった。今時そんなシチュエーションがあるのかは知らなかった。そう思っただけだ。

「じゃなくて子供の頃、」と尾崎が苦笑する。「街宣車を戦車だと勘違いしてて」

「戦車」頭山のオウム返し。「ガイ戦車か」

「です。本当にちっさい頃ですよ」尾崎は半疑問形というべき語尾上げで言い、「まだ月極駐車場がゲッキョクホールディングスだった頃です」

「ホールディングスはねえだろう」

 ホールディングスは。だったでもないが。

 頭山は今にも出そうな笑いを頬の内側を噛んで耐え別思考で上塗りすべく言う。

「ここも定礎のビルか」

「街宣車の話ですけど」

 乗る気のない尾崎に、会社の前で革鞄の外側のチャックが開いているのに気づいたときの舌打ちをし、会うたびに靴に砂をかけてくる近所の幼稚園児に応じるときの心持ちで、頭山は答えた。

「おじさんも子どもの頃はアレに乗りたいって騒いだ」

「おじさん」

「忘れろ」

「乗りたいとかヤバくないですか」

「ガキの頃だ」

「ガキの頃から」

「怒るぞ」

「マイティガイっ」尾崎がスマホを出した。「てドラマがあって」

「見たことねえな」

 頭山は言いようのない腹立ちを抱えた。五キログラム強だ。持てなくはないが持ち続けるのは苦しい重量。

「海外ドラマで」

「実写か」

「アニメのドラマとかないでしょうよ」

 怒るぞと言おうと頭山が一音目の発声に備え舌を伏せた矢先に、尾崎が言った。

「戦車みたいな車に乗ってて」

「どんな車だ」

「名前が出てこなくて」

「出てこないのか」

「一度も」

「一度もか」

「親父がアパートの外に『うるせー街宣車だな』って言ったときガイの戦車だと」

「ガイ戦車か」

 子供らしい突拍子に頭山が吹き出し尾崎は言う。

「嘘ですけど」

「殴るぞ」

「マイティガイの台詞にいいのがあって」尾崎はスマホに街宣車と打ち込みガイ戦車と変換した。「『イエス様は言われた。右の頬から撃たれると左頬に貫通する』」

「なぜだろう」

 頭山にも聞き覚えがあった。

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